第9話 家族だけのお正月
変異したウィルスが日本に蔓延するのは時間の問題だったが、2022年の正月は、多くの人が二年ぶりの里帰りをしていた。
が、東京出身の室井家はいつもの通り、家で新年を迎えた。
従姉の亜希が亡くなった年は、感傷的になってクリスマスチキンもおせち料理も手作りした佐知だったが、すっかり平常心に戻り、すべてテイクアウトで済ませた。
「やっぱり、買ったほうが美味しいわよね」
「うん、去年のチキンは丸焦げだったもん」
「テヘヘ」
クリスマスケーキとチキンは近所のレストランから、おせち料理は久志の結婚式を挙げた式場の料亭のものだ。大晦日に、車でさーっと行き、ドライブスルーで受け取った。
おせちは作り立てで二段にぎっしり詰められていて、重かった。
限定200個、全て手作りの逸品だ。
「これさぁ、作り立てだから今夜食べちゃったほうが美味しくない?」
と佐知が提案すると、花梨も夫もうんうん、とうなづく。
どうせ、元旦も二人は来ないのだ。
佳恵の母親を正月一人にするわけにもいかないから、向こうに行くことになっている。
室井家には二日に来ると言われていた。
結婚式以降、それまで打合せで毎週来ていた二人だったが、ぷっつりと往来は途絶えた。クリスマスもいつも通り、家族三人だけだ。なんだか寂しいなと、佐知は思ったが、子供が生まれたら私の出番だと、ひそかに闘志を燃やすのだった。
「仕事をしながらの子育てが、どんなに大変かまだ知らないから・・・」
結婚式の写真を眺めながら、誰にともなくつぶやく佐知だった。
「これ、なんなんだろうなぁ」
夫が老眼鏡をかけ、お品書きを見ながら箸を泳がせる。
「ヤツガシラじゃない?」
「あ、へー、うん。食ってみるとそうだな。四角く切ってあるとプラスチックみたいに見える」
「なんで四角く切るのかな?」
「そこはやっぱり、四角いお重に詰めるからなんじゃないの?」
ぼそぼそつぶやきながら、豪華なおせちをつついた。
「ちょっとこれ、プロセスチーズとハムだよ。懐かしくね?」
市松に巻かれたそれを食べ、花梨が言う。
「このふにゃふにゃのクラッカーに豚のひき肉挟まってるの、豚肉クラッカーって、まんまだな」
夫は、これはウィスキーに合うな、と言って、正月用に買ってあったマッカランをあけた。
佐知はバカラのリキュールグラスで金箔入りの吟醸酒を飲んでいた。
ふだん酒を飲まない花梨も、正月だからと付き合っていた。
車海老具足煮、蟹爪バラ子寄せ、唐墨仙寿にも姫あわび大舟煮にも金箔が乗っている。
ズワイガニもいくらも、伊勢海老みぞれ焼きも入ってる。
ゆり根やくわいも、お正月らしい梅の花仕立てで色を添えていた。
佐知が作った、紅白かまぼこと黒豆、栗きんとん、お煮しめとなますだけのおせちに比べて、なんと贅沢なことか。佐知は心の中で一句読んだ。
新春の お節にあづかり 幾品も美味・・・
「あとで年越しそば、作るからねー」
「あったかいのにしてね」
「俺もかけで」
紅白を見ながら、家族三人だけだけど、そして紅白に出てくる歌手のほとんどがもう誰だかわからないけど、佐知は幸せだった。
◆「mist」のこれまでのお話は、こちらでお読みいただけます。
◆次回は、9月14日(水)公開予定です。お楽しみに。