子宮頸がんの手術後、
セックスの感度が変わるのはなぜ?
OurAge読者の皆さん、こんにちは。富永ペインクリニック院長、富永喜代でございます。
40代、50代と年齢を重ねてくると、体のことも生きていく環境も、若い頃とは同じではいられなくなりますよね。
更年期に突入し、女性ホルモンが出なくなってつらい症状が出るとか、子育てを終えたのでパートナーとは離婚をしました、とかね。
あと、女性特有の病気にだってなりうる。例えば、子宮がんで手術をしましたとか、それによって摘出手術、切除をしました、といったケースもありますよね。
自分が望むと望まざるとにかかわらず、年齢と体と環境の変化は、どんな人であっても避けられないもの。だから人間は生きていく中で、その時々の「落としどころ」ってものもね、常に変わらざるをえないわけです。
以前、私のクリニックに、次のような症状を抱えた女性が来院されました。42歳・既婚。
「子宮頸がんの摘出手術を受けて以降、夫とのセックスの際、挿入されると腟の奥が痛いと感じるようになった」というお悩みでした。
ただ、奥に深く挿入されるのでなければ痛みは感じない、とのこと。
さて、彼女の体にはいったい何が起こったのでしょうか。
子宮頸がんの摘出手術では、腟の円蓋部と呼ばれる部位を切除します(腟の入り口から子宮の入り口の間にある、やや広くなった場所を腟の「円蓋部」といいます)。
円蓋部を切除し、縫縮(縫い縮める)手術を行うと、腟の奥は、元の立体的なふくらみではなくなっているわけやね。
けんど。夫としては、妻の腟の状態が手術によって変化していることを理解していないので、セックスのときもいつもと同じ勢いで、腟の奥深くまで挿入してくる。
でも彼女の腟は容積が小さくなっているから、奥に挿入されれば、当然痛い。
「ビジュアルアナログスケール」といって、患者さんとともに、痛みの強度を視覚的に測定する物差しがあるんですが、その目盛りの0から10までのうち、彼女の場合、挿入の痛みは「7」または「8」。
つまり、毎回のセックスが激痛だったわけやね。
自分の体に何が起きたのか。知ることの大事さ
「夫婦であれば、夫に“痛い”と伝えることがまず大事なのでは」というご意見もあるでしょう。
けんどね。この事例の大事なポイントはどこにあるのかというと、まず子宮頸がんの手術が、「その後のセックスに影響する」という知識が彼女にはなかった、という点にあるんです。
子宮を摘出しただけではなく、腟の形そのものが縫縮されて小さくなったことで、セックスの挿入の際の感度も変わった。
以前は奥に挿入されることで快感を得られていたのに、物理的な切除を行ったことで、セックスをしても気持ちよくないわ、当たって痛いわ、「これは何なの?」となった。
その不安とつらさがまた、痛みを増幅してしまった…というわけなんよね。手術は無事に成功したものの、42歳という若さでオーガズムを得られないのがつらいし、さみしい。
しかも、がんという「生きるか死ぬか」の手術をしてくれた産婦人科の医師に対して、「セックスが痛くなって不満」なんてことは言えない…。そうだよね。そりゃそうだよ。
だから、勇気を出して性交痛外来に来てくださった彼女の思いは、私には痛いほどよくわかったんよ。
だからその患者さんには、子宮頸がんの手術であなたの腟がどうなったのか、そのまま丁寧に説明をしました。
「セックスで感じないどころか、痛くなった。おかしい!」というところで止まっている彼女が、今の状態を把握しないことには先に進めない、と思ったからね。
子宮頸がんの場合、がんの進行具合によっては腟の断端も切除することがあるので、絵を描いて説明もしました。
断端を切れば、その周辺にある神経も切っている。以前はこの神経が脳とつながっていることで、オーガズムの引き金になっていたわけです。
また子宮頸部にはPスポットとか、ポルチオなどと呼ばれる性感帯があって、その部分も切除したことで絶頂感が変わった。
そういうことは大いに考えられることなんよ、と。
子宮はただそこにあるだけ。
子宮=女性性ととらえる必要はない
ようやく自分の体に何が起こったのか理解した彼女に、私が次にどんな話をしたのかといいますとね。
性交痛外来の医師として、「中イキと外イキ」の話をしました。
「あなたは子宮摘出によって、腟の奥にあった性感帯は失ったかもしれない。けんどね。外イキできるクリトリス、またその入り口の腟など、外性器と神経は元のままなんですよ。
だからこれからは中イキだけでなくて、外イキできる訓練をしましょう」と。
さらに、「これまではPスポットでの挿入が最高、絶頂と思っていたかもしれないけれども、これからは深く入れないセックスで快感を得ていきましょうよ」とも話しました。
ジェルを使ってもいいし、セルフプレジャートイだっていい。
そういうフェムテックの力を借りて、一緒にやっていきましょう、と伝えたところ、これから向き合うべきことがはっきりしたせいなのか、彼女は少し落ち着きを取り戻してくださったようでした。
子宮頸がん、子宮体がんなどで子宮を摘出後、悩んでいる人(でも誰にも相談できない人)も少なくないだろう、という思いから、著書にもこういった症例を書きました(『女医が教える性のトリセツ』(KADOKAWA)という本なのでご興味があれば読んでね♡)。
子宮を摘出したりすると、「自分はもう、女性じゃなくなっちゃったのかもしれない」という気持ちを抱く人がいることは、わからなくないし、理解もできます。
でもね。そういう気持ちを持っている人は、こんなふうに考えてみてほしいんよ。
子宮を摘出したからといって、あなたという女性性のすべてが失われたわけじゃない。子宮はただ、「そこにあった」というだけ。摘出しなかったとしても、80歳くらいになったら、親指に毛が生えたぐらいの大きさになるんよ?
むしろ女性性をつかさどるのは、女性ホルモンを出している卵巣なんですね。その卵巣だって、更年期を迎えたら女性ホルモンが出なくなって、機能停止するでしょう。
月経だって、閉経すればこなくなる。それでもあなたはあなたであって、本質が変わるわけじゃない。
そして、命ある限りは生きていかなきゃいかんでしょう?
私だって更年期真っ只中のときは、鬱々とした気持ちにもなったし、あそこも臭くなりました(当連載でもこのときの話は非常にバズりました笑)。
それでも毎日診療して、本も書いて、今日もちゃんと、それなりに楽しく生きている。生きがいはいつだって見つけられるんよね。
だって、Life goes on~人生は続いていく~のですからね。
【教えていただいた方】
富永ペインクリニック院長。医学博士。日本麻酔科学会専門医。 1993年より聖隷浜松病院などで麻酔科医として勤務、2万人を超える(通常1日2名のところ、1日12名)臨床麻酔実績を持つ。2008年愛媛県松山市に富永ペインクリニックを開業。痛みの専門家として全国でも珍しい性交痛外来を開設し、1万人超のセックスの悩みをオンライン診断している。性に特化したYouTubeチャンネル『女医 富永喜代の人には言えない痛み相談室』は、チャンネル登録者数28万人、総再生数は6600万回超。SNS総フォロワー数44万人。真面目に性を語る日本最大級のオンラインコミュニティー『富永喜代の秘密の部屋』(会員数1.6万人)主宰。『女医が教える性のトリセツ』(KADOKAWA)など著書累計98万部。
撮影/天日恵美子 角守裕二(花) 取材・文/井尾淳子