2024年4月、東京芸術劇場で上演されるふたつの戯曲『La Mère(ラ・メール) 母』『Le Fils(ル・フィス) 息子』の両方に出演する。
家庭にひとり取り残された母の孤独と、思春期の息子と対峙しきれない母の苦悩を、ふたつの舞台で行ったり来たり。
『難役に挑戦するのは役者冥利に尽きる』と製作発表の場で言っていたけど、心身ともにハードな毎日が続くはず。
50代半ばの今、俳優としての大きな挑戦を前に、体と心に向き合う心構えを聞いてみた。
(舞台の見どころや、共演する岡本健一&圭人親子についてのインタビュー前編はコチラ)
撮影/富田一也 ヘア&メイク/保坂ユミ(eclat) 取材・文/岡本麻佑
若村麻由美さん
Profile
わかむら・まゆみ●東京都出身。仲代達矢主宰の無名塾養成期間中の1987年に、朝の連続テレビ小説『はっさい先生』のヒロインに選ばれ俳優デビュー。エランドール新人賞をはじめ『金融腐蝕列島 呪縛』で第23回日本アカデミー賞優秀助演女優賞、『チルドレン』で第44回菊田一夫演劇賞、『ザ・空気』『子午線の祀り』で第25回、『Le Père 父』で第27回読売演劇大賞優秀女優賞を受賞。近年の主な出演作に【舞台】『ハムレット』『頭痛肩こり樋口一葉』『Le Fils 息子』『首切り王子と愚かな女』、【映画】『老後の資金がありません』『みをつくし料理帖』『一粒の麦 荻野吟子の生涯』、【ドラマ】『この素晴らしき世界』『初恋、ざらり』『科捜研の女シリーズ』など。
無理のきかないお年頃です(笑)
〈俳優〉の中には、演じる役柄をひきずる人と、まったく別物として割り切ってしまえる人と、ふた通りあるみたい。若村麻由美さんはどうやら、とことん役に没入するタイプらしく。
「今回の『La Mère 母』と『Le Fils 息子』のようにずっしり重くて、簡単に問題が解決するわけでもない作品の場合は、自分の日常に影響してしまうことがよくあるんです。役をひきずるというよりも、稽古中からずっと、その世界観の中に生きている。
脳みそも体も休むことができないんですね。もしかしたら、更年期にいつもイライラしてるとか、ずっと気分がすぐれないままというのと、ちょっと似てるかも知れません。
若い頃はずるずるとその作品に引きずり込まれたままでいても、なんとか乗り切れたんですけど、今はやっぱり無理のきかないお年頃ですから(笑)。自分で自分をコントロールするように、どこかでちゃんと切り替えるということをしないと。この年齢になると、体も心も自分が思っているほど頑張れないことがたまにあるんです。
そうやって毎回、初めての自分に会うんだなって、それが年齢を重ねることなのかなって思います(笑)」
どうやってコントロールするか、というと。
「私の場合、まずはお風呂です。ちゃんと自分の心と体を解放できる時間としての、入浴です。そしてしっかり眠ること。そのふたつができないとダメですね。
舞台のことはいったん忘れて、今はお風呂に入る、今は眠るって念じながら。そのことだけに集中しないと」
もうひとつ、元気の素は食べること。
「食べるの、大好きなんです。好きなものを前にすると『あ、うれしい、食べたい!』って思う、その瞬間、細胞が活性化しますよね(笑)。
好き嫌いはなくて、なんでも好きなんですけど、野菜だったらトマトが好き。一年中食べてます。あと、ブッラータチーズ。モッツァレラと似てるけど、中に裂いたモッツァレラと生クリームが入っていて、より乳清を感じるというか。トマトとブッラータの組み合わせとか、好きですね。
お菓子だったらわらび餅も好きだし、あんみつも好きだし、プリンも。あ、フルーツも!」
ところで若村さん、ご自身の更年期、どうでした?
「私はわりと、仕事のこともあるので、人間ドックとかちゃんと検査を受けるほうなんです。更年期も気になっていたので、婦人科にも若い頃から定期的に通うようにしていました。そうしたらあるとき、こう言われたの。
『大丈夫です。順調にホルモンバランスが乱れてます。良かったですね』って。『すいません、もう一回言ってください』って、聞き直しましたよ(笑)。
50歳手前ぐらいから、ホルモンバランスが乱れるのが当たり前で、逆に一定のラインを保っていたのが急激に落ちるのが良くないらしいんです。急にいろいろな症状が出るんでしょうね。
でも私の場合は徐々に徐々に乱れて下がっていった。だから体が順応したのかな。これといった症状は出ませんでした」
なるほど。ゆっくりゆっくり変化していけば、体はそれに慣れてくれるというわけ。
「私、以前ヒマラヤのカラパタールという5545メートルの山に登頂したことがあるんですけど、そのときはやっぱり、酸素が少なくなっていくのを慣らしながら、高度順化しながら登っていくんですよ。それにちょっと似ているな、と思いました。
更年期もそうやって徐々に徐々に受け入れていくのが幸せなのかなって。どちらにしろ、受け入れなくてはいけないことなので。変化がガクッと訪れないように、順調にホルモンバランスが乱れるほうがいいみたいです」
でもそれって、自分でコントロールできることでもなくて。
「ですよね。だからこそ事前に自分の体を知っておくことが、ひとつの安心材料になるんじゃないかな。病院に行って、自分のホルモンの状態を把握しておくとか。
もし何か症状が出たとしても、更年期が原因だとわかれば、何もわからずにいるよりは、しのぎやすくなると思うし。お薬もあるわけだから、その都度、対応すればいいわけだし。知ることは、すごく重要だと思います」
マインドについても、同様に。
「『La Mère 母』の母親もそうなんですけど、ガス抜きができないと、ツラいんです。空の巣症候群と更年期が重なって、そのことだけに直面してしまうと、逃げ場を失ってしまう。だから家庭以外に仕事を持っているとか、生きがいがあるとか、母でいる以外の時間を持てている人は、ダメージが少ないかもしれませんよね。
もちろん、症状や解決策はその人その人でたぶん違うから、一概には言えないことですけど、自分が今いるここから見るだけじゃなく、他の視点から見ることって大切だと思います」
そう、視点を変えれば、世界は違う顔を見せてくれる。プライベートでは大問題と思っても、宇宙規模で考えれば一瞬の出来事。
「私ね、太陽と月が大好きなんです。夜、外にいるときは必ず、『お月さまはどこかな?』って夜空を確かめている。気がつくとお月さまって、どこまでも私を追いかけてきてくれるのよ(笑)。
太陽はね、たとえ雨の日でも『明るいってことは、雲の上に太陽がいるってことよね。おひさま、ありがとう!』って心の中で叫んだりして(笑)」
『La Mère 母』と『Le Fils 息子』、同時期にふたつの舞台に立つという大きな挑戦に立ち向かう若村さんに、きっと太陽と月も味方するはず。
「キャリア40年になろうとしている今、挑戦とか冒険をさせてもらえる作品に出逢えて、本当に感謝してます!」
『La Mère 母』
フランスの著名な作家・劇作家フロリアン・ゼレールの家族三部作のうち『La Mère 母』『Le Fils 息子』を東京芸術劇場で同時期に競演。『La Mère 母』は2010年にパリで初演し、イギリス、スペイン、南アフリカなどさまざまな国で上演。最近ではイザベル・ユペール主演によりブロードウェイで上演され、高い評価を集めた。
出演:若村麻由美 岡本圭人 伊勢佳世 岡本健一
2024年4月5日(金)~4月29日(月・祝) 東京芸術劇場 シアターイースト
『Le Fils 息子』
2021年東京芸術劇場プレイハウスで初演、岡本健一、岡本圭人親子が父と息子を演じ、話題となった作品の再演。原作は世界中で上演され、作者ゼレール自らが『The Son 息子』として映画化もしている。
出演:岡本圭人 若村麻由美 伊勢佳世 浜田信也 木山廉彬 岡本健一
2024年4月9日(火)~4月30日(火) 東京芸術劇場 シアターウエスト
両作品とも演出はフランスのラディスラス・ショラー。東京公演の後、鳥取・兵庫・富山・山口・高知・熊本・松本・豊橋での上演を予定している。