風吹ジュンさんのプロフィールにまたひとつ、面白い作品が加わった。
話題の映画『愛に乱暴』で、主人公・桃子(江口のりこ)の姑・照子を演じている。
一見平和な日常生活に不穏な出来事が起こり始める、ちょっとホラーでスリリングな展開を、ヒロインのそばで演じていた風吹さんは、どんな視点で見ていたのだろう?
撮影/富田一也 ヘア&メイク/黒田啓蔵(Iris) スタイリスト/岡本純子 取材・文/岡本麻佑
風吹ジュンさん
Profile
ふぶき・じゅん●1952年5月12日生まれ、富山県出身。75年、ドラマ「寺内貫太郞一家2」で俳優デビュー。『無能の人』(91年/竹中直人監督)で日本アカデミー賞優秀助演女優賞、『コキーユ ~貝殻~』(99年/中原俊監督)で報知映画賞主演女優賞を受賞。幅広い演技力でドラマ、映画に多数出演。近年の主な映画出演作に『浅田家!』(20年)、『Arc アーク』(21年)、『658㎞、陽子の旅』(23年)、『アイミタガイ』(24年11月1日公開)などがある。
「大丈夫、女子は強いから」
「面白いのよ、この映画。ちょっとトガっていて、中身がぎゅぎゅぎゅって濃くて。監督の森ガキ侑大さんたちが原作に愛情とリスペクトを込めて素敵な脚本を書いてくれたから、私たち俳優陣もそれを読むだけで映像がぱーっと浮かんでくるような気持ちになって。撮っていて、すごく楽しかった!」
『愛に乱暴』は、40代の専業主婦・桃子の周囲で不穏な出来事が起こり始め、心も体も生活も少しずつ、だけど確実に、崩壊していく物語。
桃子の日常生活は次第にギクシャクしていき、見ているこちらもザワザワドキドキ、感情が一緒に波立ってくる。
風吹さんが演じるのは、桃子夫婦と同じ敷地内に住む夫の母親、つまり姑・照子。
「照子さんは、普通のお姑さんだと思うんですよ。嫁に対する距離感というか、意地悪ではないんだけど、取りようによっては意地悪に見えるような。
息子の恋愛関係って、わかっていてもやっぱり親は立ち入れなかったりするから、ちょっとだらしない息子への態度とか、さじ加減が難しかったです」
ヒロイン桃子を演じるのは、個性と実力を併せ持つ江口のりこさん。
「素晴らしい女優さんだなとずっと思っていたんですけど、実際にお会いしたら、姿勢もよくてすっとしてらして。静かだし集中力がすごいし、でも優しくて自然体で、普通の方なんですよ。
変な言い方だけど、昔からある女優のイメージとはまったく違う、彼女だけのスタイルをちゃんと持っている、新しいタイプの女優さん。作品や役に対して、完全に自我を外している感じが、私はすごく好きですね」
桃子の夫を演じるのは、小泉孝太郎さん。すぐにはそうと気づかないほど、従来のイメージをかなぐり捨てて役を作っている。
「ね、見えますものね、ああいうダメな男に。そうそう、愛に乱暴な人(笑)」
撮影したのは昨年(2023年)の夏真っ盛り。今年も暑いけれど、去年も記録的な猛暑だった。
「陽ざしがガーンと強くて、焼けるように熱い庭をずっと、何時間も眺めていた印象があります。
でも現場の空気はとても良くて、私にも何かできることはないかしら?と思って、江口さんがスープが飲みたいっておっしゃったので、バクテースープ(=肉骨茶。シンガポールなどでよく食べられている、豚の骨付き肉を生薬とともに煮込んだスープ)を作りました。
近所の方からスイカの差し入れがあったり、誰かがおいしいコロッケを買ってきてくれたり、みんなに応援してもらいながら乗り切ったの(笑)」
物語の中心にあるのは、不倫。
最近はネットでもサレ妻、サレ夫などのキーワードが飛び交っているけれど。
「私もかつては同じような境遇にあいました(笑)。ほんとほんと、記憶が蘇りましたよ」
さらっと、当時の心境を話してくれた。
「とっくの昔のことで、いろいろ忘れているんですけど。時薬(ときぐすり)っていうけど、本当ね(笑)。それに私の場合は、別れてくれと言われて、むしろ良かったんです。
私は自分の親も離婚しているから、その轍(てつ)を踏むまいと、良い奧さんになって良い母親であろう、とにかく良い家庭を作ろうと思って、頑張っていたんです。
それがある日突然、夫から別れてくれと言われた瞬間、心の中で『神様いる! ヨッシャー!』って(笑)。そこに至るまで、10年間自分を抑えていたわけですから」
作品の中の桃子は、そんな状況に必死で抗おうとするけれど。
「すごく精神的にキツイと思うけど、終わったほうがいい関係って、ありますよね。大丈夫、女子は強いから。時が経てば吹っ切れることが多いから」
それにしてもこの作品、桃子をすぐそばで見ているような、リアルな感覚。そして後半、思いがけない展開に、ぐいぐい引きこまれる。さらに見終わったあと、妙にスッキリ。まるで思いきり汗をかいた後みたい。
「フィルムで撮っているからだと思います。やっぱりフィルムの力ってすごくて、その空気の中に自分が連れて行かれるような臨場感がありますよね。デジタルで撮るのとは、全然仕上がりが違います。
だからぜひ、映画館で体感してほしい。そういう作品です」
ニッコニコで最新作を推してくれる風吹さん、相変わらずキレイで元気だ。72歳の今も次から次へと、ドラマや映画に出演中。いったいどうしてそんなに元気なの? という問いに対する答えは、インタビュー後編で。
『OurAge』に登場するたびに、元気の素をいろいろ教えてくれる風吹さん。今回も惜しみなく、新鮮なアイデアを教えてくれました!
(風吹さんが愛用しているサプリや、最近ハマっている体にいい食べ物などのインタビュー後編はコチラ)
『愛に乱暴』
専業主婦・初瀬桃子(江口のりこ)は結婚8年目の41歳。夫・真守(小泉孝太郎)の実家の敷地内に建つ「はなれ」で暮らしている。料理や趣味を楽しみながら、姑の照子(風吹ジュン)ともなんとかうまく折り合おうとしてきたが、近隣で相次ぐ不審火、愛猫の失踪、度々表示される不気味な不倫アカウントなど、不穏な出来事が起こり始め、、徐々に日常の歯車がズレてくる…。
2024年8月30日(金)より、全国ロードショー
配給:東京テアトル
原作:吉田修一『愛に乱暴』(新潮文庫刊)
監督・脚本:森ガキ侑大
脚本:山﨑佐保子/鈴木史子
出演:江口のりこ 小泉孝太郎 馬場ふみか/風吹ジュン
Ⓒ2013 吉田修一/新潮社 Ⓒ2024「愛に乱暴」製作委員会