お話を伺ったのは
発酵舎mammaを主宰。「発酵は生きる力」をモットーに、料理教室や、保存食のワークショップなどを開催。微生物の分解力を活かした調理法により、消化にやさしい発酵料理を食べつくす会や、発酵を極めるオンライン講座も開催中
在宅介護をはじめて2年。母親と二人暮らし
胃の手術後、寝たきりになった母を在宅介護
たやさんの母親は、2年前、胃がんの手術を受け、胃を2/3切除しました。手術は無事、成功したものの、退院後は食事がとれず、嘔吐を繰り返すなどの不調が続いて入退院を繰り返す日々が続きました。そして、ようやく在宅での介護を始められるようになったときの体重は34キロ。要介護の判定は5でした。
「退院直後は、1日のほとんどを眠ったままで過ごしていました。食べられない、尿も出ない、脈も弱い。『このままの状態だと、そう遠くない日にお迎えがきてしまうのでは…』と訪問看護師に連絡を入れると、再度入院に。医師からは、『万一、何かあった場合、延命治療はするかどうか決めておいてください』と言われました」
そんな弱った母親を自宅に連れて帰ることになった、たやさんですが、心の中には、「発酵の力を使って、消化の良い状態にした食べ物を食べさせたら、絶対によくなる!」という自信があったと言います。
現在、発酵料理家として活躍する、たやさんは、子どもの頃から、発酵の町・高島(滋賀県)で生まれ育ちました。発酵は常に暮らしの中にあり、発酵食の持つ「体を整える力」を実感してきたのです。
「祖母の家には『かばた』と呼ばれる、小屋の中に小さな川がある場所がありました。そこは貯蔵庫であり洗い場でもありました。また、味噌や漬物、野菜を保存するなど、高島の人間にとって、発酵は暮らしの一部です。鮒ずし(琵琶湖産のニゴロブナなどを用いた日本古来の鮓すしのひとつ)や、へしこ(鯖に塩を振って塩漬けにし、さらに糠漬けにした郷土料理)といった、発酵の力を生かした郷土料理にも子どもの頃から慣れ親しんできました」
そんな幼少期を過ごした後、料理の道に進んだ、たやさん。2013年に開催された、「全国発酵食品サミットin高島」にて講師を務めるに当たり、発酵の基礎、微生物の特徴を学び、分解力を活かした料理実習も行いました。知れば知るほど、言葉を持たない目には見えない微生物の恩恵、その土地の風土が作り出してくれる「発酵食」に魅了されたと言います。
へしこは、若狭地方(福井県南部)および京都府丹後半島の伝統料理
その後、地元、高島市の発酵食を商品開発するプロジェクトに参加。このとき大学の微生物学研究室で、たやさんが開発した発酵食の試作品を調べてもらうという機会に恵まれました。自分が作った発酵食は微生物のどのような働きでできたのか、そして、その結果どのような栄養成分が含まれているかを、データで示してもらえる大変貴重な機会でした。
「それまで、発酵食はたくさん作ってきて、こんな栄養素が入っているんだろうなとか、それが人間の体にはこんなふうに効くのかなということは、経験上知っていました。でも、このとき初めて、自分の発酵食にどういう力があるのかを科学的にデータで証明してもらうことができ、大きな自信につながりました」
胃の働きを助けるため発酵で消化しやすく
母親の食事を作るようになって、たやさんが最も重視していることは「タンパク質をしっかり摂取すること」。タンパク質は筋肉、骨、皮膚、髪、爪、内臓など、体のあらゆる部分を作るための材料であり、弱った体のあちこちの細胞を修復するには、さまざまなタンパク質が必要だからです。
「とはいうものの、実はタンパク質を消化・吸収するには、消化する力が重要。ですから、健康で体力のある人が肉をしっかり食べれば、効率よくタンパク質を摂取できますが、代謝機能、消化力、吸収力、すべてが弱っている高齢者は、スムーズに消化・吸収できず、逆に体の負担になってしまうこともあります」
そこで、肉や魚などのタンパク質を発酵によって消化しやすい状態に。麹で作った発酵調味料に漬けて焼いた肉や魚、野菜など。あるいは、鮒ずしやへしこを薄く切って出します。納豆はほぼ毎食。大豆も消化しにくいので、しょうゆ麹を混ぜて消化しやすくしています。
さらに、消化力の弱っている高齢者は排泄力も弱くなっているので、腸内環境を整えて、便秘を予防することも大切。食物繊維をとれるよう、野菜の煮物やきんぴら、海藻類や豆の煮もの、漬物、酢の物、ピクルス、などを副菜として添えるようにしています。
①モズク酢の物
②納豆麹練りごま味
③切り干し大根しょうゆ麴煮
④高野豆腐と野菜のそぼろ
⑤玉ねぎピクルス
⑥黒豆塩麴煮
炊き込みご飯も簡単で栄養豊富。ご飯の中に肉や魚などのタンパク質源とともに、摂取したい野菜なども入れると、炊き込みご飯1品だけでも、栄養価の高い食事になりますし、おかずを添えれば、さらに栄養バランスのとれた食事が整います。
ニンジン、油揚げのほか、鶏肉や魚の缶詰、きのこなど、そのときプラスしたい栄養素を考えて具材をプラス
こうして、たやさんのつくる発酵食を自宅で食べるようになった母親は、徐々に元気を取り戻してきました。最初はほとんど1日中眠っているようでしたが、1-2か月すると、起きている時間が長くなってきて、縁側に座って緑の木々を眺めたり、鳥の声に耳を傾けたりして過ごすように。少しずつリハビリもできるようになり、食事の量も増えていったそうです。
高齢とは思えない、柔らかくて幸福感のある肌に
母親の食事は、朝と晩の1日2回。胃が1/3しか残っていないので、消化不良にならないよう工夫しています。昼食はとらず、日中は、少し運動をしたり、頭を使う遊びをしたり、昼寝もしたりして、スッキリ消化。夕方、「お腹すいたな。ご飯食べたいな」という状態にすることで、またしっかりと食べられるようになると言います。
「消化力が落ちているなら流動食にすればよい、と考えがちですが、もし、自分の歯が残っている、または入れ歯が入っていて、食べ物を噛むことができるのなら、咀嚼して食べるものを出すようにしたほうがいいです。あごを動かして噛むことで脳に刺激が伝わり、脳の機能を活性化しますし、消化液も出るようになりますから」
こうして、退院時34kgだったお母様の体重は、現在、41kgに。要介護認定も、5から2まで回復しました。
「母に施術をする人が言うには、母は皮膚感が一般のお年寄りと違うとのこと。母の肌に触れると、ぷにょぷにょとして柔らかくて、幸福感がある。こんなに幸福感のある肌をしているお年寄りはいないと褒められます。きちんと食べて栄養がとれ、運動して、排泄もできると、みずみずしい肌になるのだと思います。そして、幸福感は体に現れるものだなと思います」
取材・文/瀬戸由美子