「まぁいいか」の楽観性は幸せになるためのスパイス
――「年収が低い(給与がずっと上がらない)」「フリーランスなので将来が不安」「年齢的に自分の可能性にも不安がある」等々。人生100年時代と言われながらも、経済の衰退という社会背景もあって、年齢を重ねるごとにお金の心配が膨らむOurAge世代は少なくありません。そのようなお金の不安から解放されるには、幸福学ではどのようなアプローチがあるでしょうか?
南アジアにあるブータンは、世界一幸せな国として話題になりましたよね。ブータン国王は、経済よりも幸福を優先するという国家方針も表明しています。実際にブータンを訪れると、発展途上国なので国民は貧しいけれど、みんな幸せそうなんです。なぜかというと、仲間と助け合っているからなんですよね。一方の日本はというと、助け合いどころか孤立・孤独社会になっていて、老後の資金は一人で2,000万円は貯めておかないと、という大変なことになってしまっている。とにかくお金を貯めておかないと不安!という社会をつくってしまっているんですよね。
――本当です! ということは、人とのつながりがもっと豊かになれば、お金の不安にとらわれることも減る、といえるのでしょうか?
現実問題として、本当にお金が足りない人は、もっと働いて収入を増やすべきです。また、働けない人のために社会保障の制度があります。でも、おそらく読者の方のお悩みの多くは、それなりにはなんとかやっていけるのに、つい不安になってしまう、ということかもしれません。
そういう人は、他者とのつながり同様に、「幸せの4因子」のひとつ、「なんとかなる!」因子、つまり楽観性を増やしていくことにも注目してほしいと思います。
――確かに、まぁなんとかなるだろうと思えたら、いちばん強いですよね。「なんとかなる!」因子を増やすには、どうすればいいですか?
幸福学において、楽観性はとても重要なんです。この楽観性に関連しているのが、幸せの4因子の「あなたらしく!」因子なんですよ。言い換えると、他者と比較しない、というマインドのことです。
「地位財」から「非地位財」の生き方へ
――比較は不幸の元ですね。「あの人はあんなにお金持ちなのに、私はない」となってしまいますもんね。
ファイナンシャルウェルビーイングという観点から、外資系証券会社のプライベートバンカーとしてコーチングをされている方のお話を聞いたところ、預貯金がそう多くなくても楽観的な人は幸福度が高くて、億単位の預貯金があっても不安な人は、常にお金が足りないと悩んでいるそうです。
中には100億の資産を持っていたけれど、リーマン・ショックで60億円失ってしまったときに、「自分は日本一不幸だ」と嘆いていた方もいらっしゃるとか。あと40億円も持っているのに…。我々のような庶民感覚ではお金持ち=幸せと思いがちですが、額はどうあれ、人はみんな自分が中心ですからね。お金が減ることについては、大金持ちでも同じような不安感を持っているわけです。
――そうなんでしょうね。うーん、でも先生、40億も持っているのに不幸、という人とは、そもそも比較する気が起きないです(笑)。極端ではないところで、比較せずにすむ考え方も教えてもらえませんか?
ははは。そうおっしゃると思いました。では、次の図を見てください。「地位財」「非地位財」という、経済学者のロバート・フランクが作った言葉があるのですが、これについてイギリスの心理学者ダニエル・ネトルが行ったユニークな分析を図にしたものです。
「幸せのメカニズム」(講談社現代新書)より
――わかりやすいですね。つまりお金は地位財になるので、幸福の持続性が非地位財よりも低い。だから、つい足りないと思って追いかけてしまう!
そのとおりです。そして地位財は、所得・社会的地位・物的財とあるように、周囲と比較できてしまうものなんですよね。一方の非地位財は、目に見えないし、他人との比較も関係なく幸福感が得られるものです。しかし、悲しいかな人間はつい、目に見えてわかりやすい地位財を追いかけがちと、先のダニエル・ネトル博士は言っているわけですね。
40代、50代の今を、老後もキープする必要はない
――幸福学でいうところの人の一生でいうと、若い頃は目に見える地位財を求めるけれども、年齢とともに、非地位財へと向かえるようにはできているのでしょうか? そうなれたら、人と比較せずにすむように思います。
基本的には、年齢とともに人は、地位財から非地位財へとシフトできるようになっています。実際、僕の母を見ていると、老後はそんなにお金を使わなくなっているんですよね。とりわけ家賃の高いところに住みたい欲求もないし、読書をしたり、時々花屋さんで花をちょっと買ってきたり、ご近所の人と趣味のことでつながったり。見ていると、お金はかけていないのに、とても幸せそうにしています。
――お話を伺っていたら、なんだか癒されて安心感が湧いてきました。私たちも、そんな非地位財の幸せへと移行していきたいです。そこで気をつけたほうがいいことはありますか?
幸福学の見地では、人は年齢を重ねるほど生き方が利他的になっていきます。なのでお金の使い方も、自分のためだけではなく、他の人のためにも使っていきたい、と変わっていきます。ただ、やっぱり幸福も健康と同じで、格差は出てしまう。いつまでも地位財にしがみつき続けたり、人とつながらずに孤独のままでいたり、やりがいを見いだせずにいたりすると、非地位財の幸せにシフトすることに乗り遅れてしまう。そういう人も、残念ながらいないとは言えないんですよね。
――年齢による変化とともに、お金の考え方についてもバランスをとっていくことが大切なんですね。手放すべきは、老後もずっと、「40代、50代の今と同じレベルをキープしなければ!」という思い込みかもしれません。
ですね。…というか、40代、50代の方は、今のレベルを保とうとしないほうが、むしろいいんですよ。初回でお伝えしたことを忘れないでくださいね。幸福学では、40代、50代は最も不幸を感じている世代なんですから。
――あっ、そうでした!(笑)
【教えていただいた方】
1984年東京工業大学卒業、86年同大学修士課程修了。キヤノン株式会社入社、カリフォルニア大学バークレー校客員研究員、慶應義塾大学理工学部教授、ハーバード大学客員教授等を経て、2008年より慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科教授。2024年より武蔵野大学ウェルビーイング学部長兼任。研究領域は、幸福学、イノベーションなど。
イラスト/midorichan 取材・文/井尾淳子