夫の定年後、妻たちがいちばん困っているのは「夫の昼食作り」
定年直後の夫は、自分を取り巻く環境と生活が様変わりするわけですが、妻の生活のルーティンは基本的にはこれまで通りです。ただ、これまでは日中家で一人で過ごしていたのに、異分子である定年夫がいきなり妻の領域を侵すようになるのです
妻のはやり病「夫元気で留守がいい症候群」「夫在宅ストレス症候群」
そのため、妻は不満やストレスをため込み、ほどなく「妻のはやり病」を発症してしまうんですよ。なかでも代表的なのが「夫元気で留守がいい症候群」「夫在宅ストレス症候群」です。
実は私が「女性の胸の内」について知る最初のきっかけとなったのが、早期退職の少し前、50代の後輩女性から聞いた何気ないひと言でした。「もしも君たちの夫が定年退職したら、いちばん困るのはどんなこと?」と聞いたところ、彼女たちが声をそろえて、「夫の昼食! だって、私たちの仕事が増えちゃうもの」と言うのです。
なるほど、夫の昼食か。でも、テレビでは夫が一生懸命に働いているときに、妻たちが友達と優雅にランチしている場面が流れたりしますよね。
そこで、「テレビで見たんだけれど」と妻に聞いてみたのです。すると、「冗談じゃないわよ」と一蹴されました。
「私たちが友達同士でランチするのは、何カ月に1度あるかないかよ。いつもは冷蔵庫の残り物で適当にすませているの。それが普通よ。でも、夫が家にいると、そうもいかない」と。つまり、夫の定年後はいつものルーティンの家事に、「夫の昼食作り」が加わるというわけです。
そういえば、私がゴルフ大会で優勝して帰ってきても、妻は喜ぶことがなかったんですよねぇ。「それが何? 高い参加費を出して、一人で楽しんできたんでしょ」と言わんばかり。
でも、私がゴルフに出かけると喜んで、「今日の夕食はいらない」と言うと、さらにうれしそうな様子でした。なぜなら、「今日の夕食どうしよう」と考えなくてもすむから。まさに「夫元気で留守がいい症候群」です。
妻が不機嫌にならないように、今では自分から歩み寄る努力をしている
ちなみに、「夫の昼食作りが負担」と声を合わせて答えた後輩たちによれば、「定年夫からガミガミと口撃されて、うつ病になった友人もいる」というではありませんか。「夫在宅ストレス症候群」が重症化すると、心身を病んでしまうこともあるのです。
幸い、私の妻はうつ病にはならずにすみましたが…。
実は、私自身が目覚め、妻の言葉に耳を傾けることができるようになったのは、キャリアコンサルタントの資格取得の勉強をしたことがきっかけでした。これについては、また次回お話ししたいと思います。
今ではことあるごとに周囲の女性から話を聞くようになりました。すると、彼女たちが「女性の胸の内」について教えてくれて、なるほどと思うことが多いのです。
最近、妻の1日をそれとなく観察したところ、彼女が私の食事作りに関連した作業にかなりの時間をかけていることに驚きました。
朝は生協やスーパーのチラシを何枚もチェックして、午後になると買い出しに出かけます。おいしい豆腐を買うために、妻はわざわざ遠くの店まで自転車を走らせていたのです。夕食のときに「豆腐がうまい」と褒めたところ、「お父さん、褒めるところが違う」と娘からダメ出しされてしまいましたけどね。
朝・昼・晩の食事作り、掃除、洗濯の合間にも、さらに「名もなき家事」がたくさんあることを知りました。
定年前は家事を軽んじていた自分を反省。今では私も風呂場や洗面所の掃除などをするようになりました。なぜなら、「夫がいると、自分の仕事が増える」と妻が不機嫌な態度だと、私としても面白くないですから。妻が不機嫌にならないように、こちらから歩み寄っているのです。
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女性の不満はポイント制。夫の言動により、ポイントが倍増する!
日頃、定年夫婦を対象とした講座で私がよく言うのは、「女性の不満はポイント制」ということです。
男は「意地」と「プライド」から、正論を歪めてでも自分の主張を押し通してしまいがちです。すると、妻は押し黙ってしまいますよね。私の妻もそうでした。でも、ぐっと耐えながら、不満ポイントを倍増させていたことをのちに知ったのです。
そもそも「女性の不満ポイント」は、子どもができて、家事と育児の負担が女性にかかるようになったときからスタートしています。しかも、女性は「自分が嫌な気持ちになった事件」を決して忘れません。「夫の失言によって、不満ポイントが2倍、3倍になることもある」「ポイント倍増が『妻のはやり病』の引き金となり、時には熟年離婚につながることもある」とお話しすると、多くの男性がギクッとするんですよ。
というわけで、「男性たちに早く気づいてほしい」という願いから、私自身の体験を踏まえた著書『男のロマン 女の不満 あゝ定年かぁ・クライシス』を刊行したのです。
「男のロマン」は「女の不満」。キャンピングカーで日本一周の夢、打ち砕かれる
すでに定年前から「見栄・意地・プライド・嫉妬」という「心の4大生活習慣病」を抱えた定年夫たちですが、この時期、さらなる「はやり病」が忍び寄っています。代表的なのが定年後の夢を妄想する「男のロマン症候群」、妻べったりになる「かまってほしい症候群」、また、自分のことをわかってほしいと要求する「自己承認欲求症候群」などです。
『55歳からのハローライフ』(村上龍 著)に、「男のロマン症候群」を象徴する物語があります。夫が定年退職したその日、「キャンピングカーで一緒に日本一周しよう」と提案するのですが、なぜか妻は浮かない顔です。夫が「行きたくないのか?」と尋ねると、「あなたは私のことを全然見ていなかったのね。私が丹精込めて花を育てているのを、あなたはわかっていない。そんなに長い間家を空ける旅行ができるわけがないでしょう?」と、夫の提案を却下。実は私の知人が、奇しくも似たようなケースを経験しました。
知人の妻が「いつか、キャンピングカーで日本一周の旅をしたい」と結婚前に言ったのだそうです。妻の言葉をずっと覚えていた彼は、なんと退職金の一部で600万円のキャンピングカーを独断で買ってしまいます。当然妻からは大ブーイング。「何の相談もなく、そんな大きな買い物をするなんて、信じられない!」と怒られて、結局キャンセルしたと言っていました。600万円は高額ですから、妻に相談なく買ったのはよくなかったかもしれません。でも、彼は妻を喜ばせたかったんですよ。妻から見たら「ズレている」行動かもしれませんが、ある意味、「男のロマン」というやつです。哀しいですね、男って…。
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これまでに10回転勤。定年とともに妻から離婚を切り出された夫は大慌て
私自身も熟年離婚寸前の危機を経験しましたが、あるとき、同世代の友人から「妻から離婚したいと言われている」と相談を受けました。彼が言うには「妻はまったく自分の気持ちを理解してくれない」と。実は彼の勤務先は生命保険会社で、これまでに10回くらい転勤したことがあり、そのたびに奥さんがついてきてくれたのです。
「会社人生最後の日に、お前は奥さんにどんな言葉をかけたの?」と聞くと、「えっ? 別に何も」と言うのです。「奥さんが子育てしながら、10回も転勤についてきてくれたことに対して、何とも思わないの?」と聞いたら、「だって、当たり前だろ」と。えーーっ、それは奥さんが気の毒だ。
すると、その友人は、別の友人にも聞いてみたそうです。「男が自分を卑下する必要はないよな。妻が夫の転勤についてくるのは当たり前だよな?」と。すると、「そんなの、当たり前だろ」と、別の友人も同調したというのです。
このように、男性から“自分ファースト”の相談を受けたとき、「あなたたちからすれば、私は一見、女性の味方をしているようなことを言っているけれど、実は“男性が幸せになるためにはどうしたらいいか?”という話をしているんです。これは私自身も経験したから言えることなんですよ」と伝えています。「女性の不満はポイント制」という話をしたところ、「妻が10回の転勤についてくるのは当たり前」と言っていた友人もギクッとしたようです。結果的に熟年離婚には至らず、ホッとしました。
昭和の男たちに限らず、30代~40代の男性たちも、会社生活にもまれるうちに「心の4大生活習慣病」に侵され、夫婦の認識が少しずつずれ始めていきます。ですから、セミナーや講演会には「夫婦で参加してください」とお伝えしています。
【お話を伺った方】

大学卒業後、大手エンターテイメント会社に勤務し、58歳で早期退職。定年後、キャリアカウンセラー(現国家資格キャリアコンサルタント)、シニアライフアドバイザーの資格を取得。現在では、定年退職前後のシニアを対象としたカウンセリングやライフプランセミナーなどの講師を多数務めている。
自身の退職後のことを具体的に考えずに会社を辞めたことによる苦悩、定年後の生きがい探しの体験をリアルに綴った著書『男のロマン・女の不満…あゝ定年かぁ・クライシス』(ボイジャー)が好評発売中。
イラスト/カツヤマケイコ 取材・文/大石久恵