ピエール・エルメ・パリとパティスリーSATSUKIのアニバーサリーケーキで新年を祝う

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フードライター&エディター、ラジオコメンテーター。横浜生まれ。「Hanako」からスタートし、店取材を続けること20年。料理の基礎知識を身に付けたいと一念発起、27歳で渡仏。4年の滞在の間にパリ商工会議所運営のプロフェッショナル養成学校「フェランディ校」で料理を学び(…かなりの劣等生だったものの)、フランス国家調理師試験に合格。レストランはもちろん、ラーメンや丼メシ、スイーツの取材にも意欲を燃やし、身を削って(肥やして!?)食べ続ける毎日。

ピエール・エルメ上陸20周年。天才パティシエがもたらしたもの

 

 

高い技術と類稀なる発想力から“パティシエ界のピカソ”と称され、その魅力が凝縮されたスイーツ、そしてパティスリーを世界的ブランドに押し上げたフランス人パティシエ、 ピエール・エルメさん。いまから20年前、1998年にエルメさんが世界第一号店をオープンさせたのは、東京都千代田区紀尾井町にある「ホテルニューオータニ」でした。華やかなメインエントランスのあるロビィ階に設置されたショップは「ペストリーブティック」と呼ばれ、数をあまり置かず、ひとつひとつのケーキが宝石のように恭しく並べられたショーケースは、その美しさに思わずため息が漏れたほど。私の中にスイーツに対する「憧れ」という感情が生まれたのもこの頃でした。

 

エルメさんの代名詞的存在であるお菓子・マカロンは当時、日本でまったくメジャーではなく、あの頃の原稿には「マカロン(メレンゲ、砂糖、アーモンドパウダーで作る焼き菓子)」という注釈を入れることも多々ありました。雑誌の特集で紹介しても、この甘い上に甘い、フランスのお菓子が一般の方々にどれだけ好まれるか、正直、訝しんでいたものです。

 

今日では「マカロン」という単語が「ショートケーキ」のように普通に使われるようになり、コンビニエンスストアでも売られるようになり、こんな風にマカロンが日本で市民権を得る日が来ようとは…。エルメさんが日本のスイーツシーンにもたらした影響を、自分の顔のシワやシミと共に、しみじみと感じる今日この頃なのです。

 

エルメのスイーツが一堂に会したアニバーサリーイベント

 

 

この秋、「ピエール・エルメ・パリ」のブランド20周年を記念して、「ホテルニューオータニ」でアニバーサリーイベントが開かれました。会場内にはマカロンやショコラ、ソフトクリーム、 ヴィエノワズリ―にオリジナルカクテルなど、エルメさんが生み出したスイーツが一堂に。なんと言っても圧巻だったのは、歴代マカロン約150種の展示です。そのカラフルな色合い、個性豊かなフレーバー、エルメさんの才能を改めて見せつけられた思いです。来日していたエルメさんも謝辞を述べられ、 それはそれはスイートでゴージャスな夜でした。

 

 

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第15回
ピエール・エルメ・パリとパティスリーSATSUKIのアニバーサリーケーキで新年を祝う


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