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横森理香 連載小説「大人のリアリティ小説~mist~」シーズン5 大人女子の恋愛事情 第5話 大人のクリスマスイブ

横森理香

横森理香

作家・エッセイスト。1963年生まれ。多摩美術大学卒。 現代女性をリアルに描いた小説と、女性を応援するエッセイに定評があり、『40代 大人女子のためのお年頃読本』がベストセラーとなる。代表作『ぼぎちんバブル純愛物語』は文化庁の主宰する日本文学輸出プロジェクトに選出され、アメリカ、イギリス、ドイツ、アラブ諸国で翻訳出版されている。 著書に『コーネンキなんてこわくない』など多数。 また、「ベリーダンス健康法」の講師としても活躍。 主催するコミュニティサロン「シークレットロータス」でレッスンを行っている。 日本大人女子協会代表

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作家・横森理香の連載小説「mist」シーズン5は、コロナ禍の東京を映し出す、初沢亜利氏の話題の写真集「東京 二〇二〇、二〇二一。」とコラボレーション。瞳は、幼馴染のケンちゃんと付き合いはじめた。キスもハグもないが心地いい関係。クリスマスイブに「家に来れば」と提案すると「いいんだな?」と念を押すケンちゃんだった。

初沢亜利

撮影/初沢亜利 写真集「東京 二〇二〇、二〇二一。」より

 

第5話 大人のクリスマスイブ

 

「ったく、生娘でもあるまいし、いいも悪いもないっつーの」

と思い出し笑いしながら、瞳はミントソースのラムを焼き、マッシュポテトや蒸し野菜を作り、クリスマス用の特別な皿を出した。久しぶりにクリスマスプディングも作って、年代物のクロバジェを開けた。

「はぁ、いい香り・・・」

母親が生きていた頃から、ずっと食器棚の中に飾られていたブランデーだ。ホットブランデーにするため、丁子(ちょうじ)も買っておいた。

 

いつもは一人でテーブルセッティングをし、写真を撮ってインスタに上げるのだが、今回は二人分のクリスマスセッティングをした。それをインスタに上げるのは恥ずかしいので、一人分だけいつも通りに上げた。

「いい年こいて、恥ずかしがることもないんだが・・・」

と言いながら。

 

柊がプリントされたクリスマス用のテーブルクロスをかけ、センターにもみの木で囲まれた赤いクリスマスキャンドルを飾った。

コロナ以前は大人女子会となっていたが、今年はなんと、男がくる。

ケンちゃんだって、男のはしくれだ。

 

「メリークリスマス!」

ケンちゃんは、驚いたことに深紅の薔薇のブーケを買ってきた。

それも、二十本ほど束になっている、大きい花束だ。受け取ると、ずっしりと重い。

「え、ありがとう・・・」

柄にもなく瞳はちょっと照れた。

 

「おい、照れるなよ。気持ちわりぃなぁ」

「だってこんなにたくさん、高かったでしょう?」

「気にすんな、地元商店街の花屋だ」

「『小春』? 結構いい薔薇置いてんね~」

「バーカ、取り寄せに決まってんだろ」

 

 

しかし、ケンちゃんも変わった男だと瞳は思った。普通、オジサンともなると若い女が好きだろうし、大人女子でも美魔女系の、痩せてて美しい女を選ぶだろうに・・・。

「ほい、シャンパン」

渡されたシャンパンも、瞳の好きなモエシャンドンのロゼだった。

 

「え~、嬉しい!! 私これ大好きなんだ」

「知ってるよ。いつもレモンチューハイはお口に合わなくってよ、って言ってんじゃん。モエのロゼじゃなきゃって」

「えー、そんなこと言った?」

「飲み会のたんび、口癖みたいに言ってるよ。みんな飽きれてるぜ。どの口が言ってんだよって」

 

瞳は休みの日が合えば、地元商店街の商店主が集まる「昼から呑み」に参加していた。昼から乾きものつまみにレモンチューハイを飲む会だが、ケンちゃんのおひとりさま仲間がメンバーだ。その中で紅一点の瞳は、お恥ずかしながらアイドルだった。

「腐っても鯛」

とか、

「瞳だって女のはしくれだ」

とか、失礼なことをビシバシ言われていたが、腐っても鯛の男たちに囃され、瞳も嬉しくないわけでもなかった。

 

 

瞳は久しぶりにバカラのシャンパングラスを出した。

食器棚の中でただの飾りとなっていたものを、取り出して磨く。

もう一度、誰かとこれを使う日が来るなんて夢のようだ。相手はケンちゃんだけど。腐っても鯛。

 

「へえ、こいつが何って?」

  ケンちゃんは窓際のカウンターにゴロゴロしている、猫たちの頭を一匹ずつ撫でた。

「それがミント」

「なんか毛足長いな」

「そうなの。なんか混じってんじゃない?」

「ハーフか、へー」

「でその隣がブンちゃん。菅原文太に似てない?」

「おー、似てる似てる」

ケンちゃんは嬉しそうだ。

小さい頃は猫飼ってたとか言っていた。

 

 

「でその横のちっこいのが小梅」

「へえ、抱いても大丈夫かな」

「大丈夫だよ。小梅おとなしいから」

ケンちゃんは小梅をそっと抱き上げ、

「はーい、お父ちゃんですよ~」

と言った。

「おい・・・」

まだ結婚するとは言ってない。

と、瞳は心の中で言った。

 

「で、そのエイズ猫は?」

 小梅を降ろし、ケンちゃんが聞いた。

「あ、こっちこっち」

瞳はリジョンヒョク氏の部屋を案内した。そこには白黒の、前髪パッツンみたいな柄の、ゴツゴツした猫がいた。

「これかぁ・・・別に病気でもなさそうだがな」

「そうなの。ただ他の猫とは一緒にできないだけ」

「そっかぁ。ま、こいつはオヤジの部屋だな」

「だからまだ・・・」

「へへへ」

 

瞳は、ったく、とつぶやきながら、テーブルにグラスを置き、ワインクーラーにモエを入れた。それから、

「はい、ここ座って」

と、正面に東京タワーが見える特等席にケンちゃんを座らせた。

「おお、東京タワー、今日はクリスマスカラーだな」

「そうなの」

 

いつもは自分が座っているが、それはケンちゃんへのクリスマスプレゼントだった。

 

 

◆「mist」のこれまでのお話は、こちらでお読みいただけます。

◆次回は、3月31日(木)公開予定です。お楽しみに。

 

★初沢亜利さんの写真集「東京 二〇二〇、二〇二一。」は、こちらからどうぞ。

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