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横森理香 連載小説「大人のリアリティ小説~mist~」シーズン5 大人女子の恋愛事情 第9話 大人のバレンタインデー 

元日、ケンちゃんの母親から不動産登記書類や証券の類を見せられて「息子との結婚」をせまられた。気楽な一人暮らしを楽しんできたが、外堀がじわじわと埋まっていくのを感じる瞳だった。作家・横森理香の連載小説「mist」シーズン5は、コロナ禍の東京を切り取った、初沢亜利氏の話題の写真集「東京 二〇二〇、二〇二一。」とコラボ。

初沢亜利

撮影/初沢亜利 写真集「東京 二〇二〇、二〇二一。」より

 

 

第9話 大人のバレンタインデー

 

 

今年の冬は、いつもよりずっと寒かった。日差しがあればまだいいのだが、曇りや雨、みぞれのちらつく日は、底冷えがした。

暑がりの瞳もさすがに膝が冷える、という状態を、生まれて初めて経験した。

押し寄せる老化の波だった。

 

「オミクロンどころの騒ぎじゃないよ・・・」

ぶつぶつ言いながら、とげぬき地蔵商店街で買った防寒インナーを裏起毛パンツの下に履いた。

いわゆる、ズボン下というやつだ。裏ボアでめちゃくちゃあったかい。

ついでにメンズを、ケンちゃんにも買ってあげた。

「これ、あったかくていいなぁ。店立ってても全然冷えない」

と嬉しそうにラインしてきた。

 

 

今日はバレンタインデーだ。

瞳は休みを取って、白金のショコラティエエリカに赴いた。

開店前から、二十人ほどの人が並んでいる。

「ちっ」

瞳は舌打ちをした。ここなら路面店で、駅からも離れているから空いていると思ったのに・・・。仕事帰りにデパ地下のチョコレート売り場をチラ見したが、オミクロン下にもかかわらず混んでいて、あきらめたのだ。

 

今年は空いてる路面店で勝負するしかない。そう決意してのショコラティエエリカだった。あったかズボン下を履いてきて良かった。ブーツの底にも、ムートンのインソールを仕込んである。

Chocolatier Erica    since 1982

ティファニーブルーの看板を見ながら、瞳はこの三十年を振り返った。

初めてエリカのチョコレートを食べたのは、当時バイトしていた店でだった。ママは白金に住んでいて、店で出すブランデーのつまみに、エリカのミントチョコを買ってきたのだ。

「あんたたち、裏で食べんじゃないわよっ。ボトル入れさせてから席で食べな」

と、ホステスたちに厳しく言った。

小さくて可愛いリーフ型のミントチョコ食べたさに、瞳は築地の商店主たちにボトルをバンバン入れさせた。嬉しそうにミントチョコをつまむ瞳を、オジサンたち、いや、おじいさんたちは微笑ましく眺めた。

 

 

「あれから三十年か・・・」

年を取った自覚がないと、我ながら驚いた。子供がいる人なら、その子が進学したり就職したり、結婚して初孫ができたりと、自分たちの年を思い知らされるのだろうけど、瞳はおひとりさまの猫飼い。猫はいつまでも可愛い子供のままだ。

!!

ウィンドーに太ったおばさんが映ってる。と思ったら自分だった。

シャレにならない。

このまま一人で年を取って行くより、やはりこの時点で、結婚すべきか。もらってくれるという奇特な人がいるだけで幸せではないか。そして、そもそも瞳自身不労収入があるので派遣で働かなくてもじゅうぶん食べて行けるし、ケンちゃんと結婚すれば家業があるからやることもある。

 

瞳には、父親との確執で果たせなかった「親の世話」、というやり残した任務、みたいなものもあった。母親は癌で早く死に、父親はボケてホームに入ってしまったので、その真心が宙ぶらりんになっていたのだ。

「・・・・」

 

 

やっと順番が来て、瞳は店内に入った。

「ミントチョコとマボンヌハーフを二つずつください」

マボンヌは、ミルクチョコレートの中にくるみとマシュマロが入ってるチョコレートバーだ。カロリー爆弾といってもいい。が、ナイフで切りながら少しずつ食べる幸せは、たとえようのないものだった。

「ワンセット発送したいんですが」

「かしこまりました」

 

貴美子はお母さんの世話で家から出られないだろうから、宅急便で送ってあげることにした。

Happy Valentine♡ エリカのチョコ送るね! とラインすると、嬉し泣きしているウサギのスタンプが送られてきた。

 

 

エリカをあとにして、瞳はケンちゃんの店に向かった。手提げの中には、ランチジャーが入っている。瞳は家で食べたが、ケンちゃんのお昼だ。寒いから、スープポッドにはけんちん汁である。

念のため容器は熱湯で温めてごはんや汁を入れてはいるが、運んでいるうちにどうしても冷める。熱々を食べさせられないのが残念だった。男としてどうというより、ケンちゃんは最早、瞳の家族となりつつあった。家族には、温かいご飯を食べさせてあげたい。

ケンちゃんが店に出ている間、一人で家にいるお母さんも心配だった。

 

 

「ずーっと炬燵でテレビ見てるよ。昼なんかなんも食わないんじゃないかな? 夕飯の支度して、ちょこっとなんかつまむだけみたいだよ」

とケンちゃんも言っていた。年々食が細り、それが心配だと。

「お袋もう三回目のワクチン打ったからさ、瞳も訪ねてやってくれよ」

とケンちゃんは言うが、高齢者の死亡率が上がってきていたので、まだ訪問は控えていた。

その件をケンちゃんに言うと、

「それって持病持ちの老人だろ? お袋は健康そのものだよ。まあ体力はなくなって来てるけど、長年の立ち仕事で膝と腰が痛いぐらいだから」

という。

しかし、通勤して時に満員電車も乗る瞳は、高齢者を訪ねる気にはなれなかった。

東京都の感染者数は少し減っては来ていたが、子供と老人に感染者数が増えていた。

 

 

「ちーっす」

ケンちゃんの店に到着した。

「おおっ、いらっしゃい」

カウンターの中に座ってパソコンを見ていたケンちゃんが顔を上げた。

「瞳のおかげでホームページのアクセス数増えてるよ。インスタもほら」

 

瞳はにっこりと笑った。

店頭には、ハート形のシールとリボンのついた、「チョコレートに合うお茶」も売られていた。

これを考えたのも瞳だ。

 

「深蒸し茶や煎茶、ほうじ茶はほんのり苦味があるからチョコレートに合うよ。和紅茶やレモングラス緑茶も合うから売れば?」

とアドバイスしたのだ。ケンちゃんは一月にすぐそれらを商品化して、ネットで売り始めた。和紅茶はもともと扱っていたが、緑茶とハーブティのブレンドは初めてだった。そもそもハーブティは飲まないケンちゃん、緑茶とブレンドした時のおいしさに驚いた。

 

「はい、これ」

チョコレートと弁当を渡す。

「おお、ありがとう!

「今日はけんちん汁と炊き込みご飯だよ」

「瞳マジ神!」

 

今日はひな祭りとホワイトデー用のブレンドティと、茶葉入りクッキーの販売を話し合う計画だ。二人はこの共同作業を、儲け度外視で楽しんでいるのだった。

 

 

◆「mist」のこれまでのお話は、こちらでお読みいただけます。

◆次回は、4月14日(木)公開予定です。お楽しみに。

 

★初沢亜利さんの写真集「東京 二〇二〇、二〇二一。」は、こちらからどうぞ。

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