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母が認知症になってもうすぐ19年になります

あさこ

あさこ

ワインと日本酒をこよなく愛す…がゆえに代謝の急低下とともに体重急増。これをいかに食い止めるかが目下の最重要課題です(泣)。
心のよりどころは40代後半から始めたゴルフと甘えん坊盛りの2匹のハチワレ(黒白)猫!

身内の話で恐縮ですが、母が認知症を発症してからもうすぐ19年が経とうとしています。

 

来年3月で母は86歳。もともと忘れっぽいたちでしたが、同じことを日に何度も話すようになり、やがて、8個セットのキッチン用タオルペーパーを買い物のたびに買ってきて家に山積みするように…。母が67歳の頃でした。

 

最初は「まったくお母さんは」と笑っていた家族でしたが、次第に笑いごとでは済まなくなり、2年後、遅ればせながら地元の病院で人間ドックを受けさせました。受診先の病院から「次の受診場所にひとりで移動できない。認知症が疑われる」との連絡をいただき、専門医を訪ねたところ、アルツハイマー型の認知症であると診断されたのです。

 

 

もしかして…とは思っていたものの、明確に診断が下りるとやはりショックでした。動転して買いあさった認知症に関する書物によれば、「認知症の介護年数は平均で6~7年」であり、「認知症と診断されてから14年以上生存したアルツハイマー型の患者はわずか2.4%」。これを読んだときは、「母はもう何年も生きられないんだ!」と涙が止まりませんでした。

 

しかし、兄と私が悲嘆に暮れるなか、5歳年上で当時すでに74歳だった父の奮闘が始まりました。私たち子どもは東京で働いているため、父と母は二人暮らし。家事をすることも怪しくなっていた母とともに、父はキッチンに立ち、朝昼晩と一緒に料理や後片付けをするようになりました。

 

少しでも活動的な毎日を送れるよう、掃除も洗濯も、父が主導しつつ、できる限り母にも手伝わせる。認知機能を保つために朝と夕方には新聞を音読させ、それも難しくなると成人用の漢字ドリルや簡単な算数ドリルを毎日少しずつやらせたりもしていました。

 

 

病状の進行とともに友達づきあいが減っていた母に外的な刺激を与えたいと、毎日、自ら運転する車に母を乗せてドライブし、季節ごとに私も一緒に温泉へ行き、京都、北海道、九州、横浜でクルージングと、日本じゅうを数えきれないほど旅行もしてきました。

 

しかし、現在は残念ながら認知症の“治療薬”はなく、投薬で進行を遅らせるのがせいいっぱいです。一年一年、砂の城が少しずつ波にさらわれ崩れていくように、母の認知機能も徐々に失われていきました。会話して意思疎通することが難しくなり、入浴も介助が必要になった頃から、やむなくグループホームのデイサービスの利用を始めました。やがて週に一日のお泊りをお願いするようになり、それが週に2日、3日…と増えていき、父が心不全を発症するに至って、ついにグループホームへの入居を決断せざるを得なくなったのが数年前のことです。

 

それでも、父の介護は続きます。90歳になった今も、毎週水曜日には、母の好きなケーキや和菓子を買ってホームを訪ねては2時間ほど会話します。…といっても母は返事をすることはできないのですが、「きっとお母さんは俺が話していることは理解している」と信じ、ひたすら話しかけ続けるのです。正直、老齢の伴侶や働き盛りの子どもがグループホームの入居者を見舞うことは多くありません。毎週欠かさず母のもとを訪ねる父の姿は、介護施設の職員の方々を驚かせました。

 

 

さらに、父のたっての願いで、グループホーム入居後から今も、私が月に一度、兄が2カ月に一度帰省するのに合わせて母を車イスで連れ帰り、家で一緒に過ごすようにしています。食事やトイレは父とふたりがかりで介助しながら。写真(↑)左は、噛みついても口や歯を痛めることのないシリコン製の介護用スプーン。中央と右の2本は、100円ショップで買ったスプーンを、食事の介助に使いやすいようにと父が工夫して改造した手作りスプーンです。

 

当初は2泊3日できたものが、父の高齢化もあって私たちの体力が続かず、現在は1泊2日になりましたが、それでも、家に戻ってきた母は明らかに表情が明るくなり、まなざしもしっかりしてくるのを感じます。もう兄のことも私のことも認識できず話もできないけれど、ニコニコと私たちの顔を眺め、父の話には時折うなずいたりもします。車イスで近所を散歩しながら、四季の花々や紅葉や青い空を見ることも、いつも施設の中にいる母にとってはいい刺激になっているようです。

 

 

時間的にも体力的にも、ここまで認知症患者に寄り添い続けるのは誰にでもできることではないでしょう。でも、少しでも長く本人が自立した生活ができるよう周囲が支え、愛情をもってコミュニケーションをとり続けることは、認知症介護においては本当に大切であり有効なのだと、両親を見ていて実感します。

 

 

この18年あまり、父は、母のかたわらにいるときはそっと手を握り、絶えず話しかけてきました。時々私に弱音を吐くこともありますが、母の病気の進行を少しでも遅らせるためにできることは何かと考え続け、自身も病気を抱えながら、今もそれを実践し続けています。「生命予後は平均6、7年」という病気になった母が今日まで“元気”に生き続けられたのは父の努力のおかげだと、兄も私も確信しています。

 

母を思う深い愛情と、19年にも及ぶ、決してあきらめない献身——。わが親ながら、そんな父を心から尊敬せずにはいられません。

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