医療ジャーナリスト 増田美加さんの更年期女性の医療知識 アップデート講座
この連載では、MyAge/OurAge世代の女性が知っておきたい最新の医療知識をご紹介しています。教えてくださるのは、医療ジャーナリストの増田美加さんです。
"エビデンス漢方"で より柔軟な 医療がかなう!(後編)
“エビデンス漢方薬”がいくつも登場!
漢方薬は、女性や高齢者の不調も得意分野です。これからの日本社会では女性の活躍はますます期待されていますし、高齢者問題も喫緊の課題。漢方薬の重要性はさらに増していくのではと思います。
しかし、前述の通り、がん治療現場などでは、患者が抗がん剤の副作用で、「手足がしびれる、口内炎ができる、食欲不振が起こる」などを訴えても、医師は「漢方薬はエビデンスがない。効かない」と言って処方してもらえないケースも出てきています。
医療用漢方薬が処方されている症状・疾患TOP10
医師への調査で、40歳以上の男女の患者を対象とすると、「こむら返り」「風邪(急性上気道炎)」「便秘」「不定愁訴・更年期障害」「疲労・倦怠感」などの日常的な不調改善に、「腸閉塞(イレウス)」「食欲不振・栄養状態の改善」「認知症および周辺状況」など、特定の症状や病気回復のために、医療用漢方薬が処方されているのがわかります。
出典:日本漢方生薬製剤協会「漢方薬処方実態調査(定量)」2011年
そこで、今後さらにエビデンス重視による標準治療、ガイドライン重視の医療が加速することから、漢方薬が効くというエビデンスを積極的にとろうとする動きが出てきています。特に、漢方薬の得意分野である女性の生理まわりの不調や更年期障害の治療、高齢者医療、がんの副作用対策の治療(支持療法)の分野で、臨床研究、調査研究が行われ、“エビデンスのある漢方薬”が増えています。
約55%の患者が漢方薬で抗がん剤の副作用の軽減効果を実感
医療機関で「がん」と診断され、かつ医療機関への受診経験のある患者に聞いた調査では、「抗がん剤の副作用を軽減するための薬に漢方薬はありましたか?」の質問に「はい」と答えたのは22.6%にとどまりました。しかし、処方された患者に「漢方薬を服用した結果、副作用は軽減されましたか?」と聞くと約55%の患者が副作用軽減効果を実感したと答えています。
有効回収数:2249人 調査方法:インターネット調査 調査時期:2013年2月22日~3月3日 出典:QLife「『抗がん剤の副作用とその軽減方法』に関する大規模患者調査」2013年
“エビデンス漢方薬”の筆頭に上がるのは、「大建中湯(だいけんちゅうとう) 」「抑肝散」(よくかんさん)「六君子湯」(りっくんしとう )「牛車腎気丸」です。
「大建中湯」は、腹部の冷えや痛み、お腹が張る、便秘などの症状にも使われる薬ですが、手術後の消化管障害や腸管麻痺 (まひ) 、腹部膨満感や機能性便秘の改善などでエビデンスが出ています。
「抑肝散」は、認知症の人の神経症や不眠症の改善。
「六君子湯」は、機能性ディスペプシア(FD)、胃食道逆流症、食欲不振の改善。
「牛車腎気丸」は、抗がん剤治療による末梢神経障害(手足のしびれなど)、過活動膀胱や尿もれなどの尿路系疾患の改善。
さらに、「半夏瀉心湯」(はんげしゃしんとう)は、がんの抗がん剤の副作用による口内炎や下痢の改善です。
「五苓散」(ごれいさん)は浮腫(むくみ)、「補中益気湯」(ほちゅうえっきとう )は腹圧性尿失禁、慢性閉塞性肺疾患(COPD)ほか、「加味逍遙散」(かみしょうようさん)は更年期障害の不定愁訴や精神神経症状などのエビデンスが出ています。
いずれの漢方薬もエビデンスのグレードが高いランダム化比較試験(RCT)で効果が認められたり、複数の診療ガイドラインで治療薬として掲載されています(下表参照)。今後ますます“エビデン ス漢方薬”が増えることで私たちへの医療の幅が広がっていくことを期待しています。
処方名 掲載されているガイドライン(GL) /ランダム化比較 試験(RCT)の数 /RCT論文における対象疾患
大建中湯
認知症疾患診療GL /30本 /麻痺性イレウス、腹部膨満感、機能性便秘
全身性強皮症診断基準・重症度分類・診療GL /術後消化管障害、術後腸管麻痺
慢性便秘症診療GL ほか2本
抑肝散
認知症疾患診療/GL 14本 /認知症に伴う行動および精神症状(BPSD)
慢性疼痛治療GL ほか1本 /治療抵抗性統合失調症、術後せん妄、術前不安
六君子湯
機能性消化管疾患診療GL 21本 機能性ディスペプシア、胃食道逆流症、食欲不振
心身症診断・治療GL
胃食道逆流症(GERD)診療GL ほか1本
牛車腎気丸
過活動膀胱診療GL /14本 /末梢神経障害、腰下肢痛
慢性疼痛治療GL /過活動性膀胱、夜間頻尿、
男性下部尿路症状・前立腺肥大症診療GL /リンパ浮腫
女性下部尿路症状診療GL
産婦人科診療GL
半夏瀉心湯
6本 /がん化学療法における粘膜障害(口内炎、下痢)
補中益気湯
女性下部尿路症状診療GL/ 11本 /慢性閉塞性肺疾患(COPD)
産婦人科診療GL /疲労感、アトピー性皮膚炎
アトピー性皮膚炎診療GL
芍薬甘草湯
慢性疼痛治療GL/ 11本 /有痛性筋痙攣(こむら返り)
産婦人科診療GL ほか1本 /がん化学療法における筋肉痛、関節痛
麦門冬湯
咳嗽(がいそう)に関するGL /5本 /咳嗽
過活動膀胱診療GL
加味逍遙散
産婦人科診療GL/ 4本 /更年期障害による精神神経症状
心身症診断・治療GL ほか1本
五苓散
慢性頭痛の診療GL /7本 /浮腫、下痢、
過活動膀胱診療GL /術後の悪心嘔吐
2000~2019年2月 ※表中の対象疾患はあくまで論文上の疾患
現在、診療ガイドラインに掲載されていたり、エビデンスレベルの高いランダム化比較試験(RCT)が行われて評価されている漢方薬は、おもにこれだけあります。これら以外にも「人参養栄湯(にんじんようえいとう)」など研究が進んでいるので、今後さらに〝エビデンス漢方薬〞は増えていくと思います。
イラスト/堀川理万子