【教えていただいた方】
宮崎善仁会病院内科・腫瘍内科非常勤医師。抗がん剤治療と緩和医療が専門。NPO法人宮崎がん共同勉強会理事長。がん化学療法の専門家として、6年前からYouTubeチャンネル「がん防災チャンネル」を主宰し、がんに関する正しい情報を発信し続けている。著書に『新訂版 孤独を克服するがん治療 患者と家族のための心の処方箋』(サンライズパブリッシング)などがある。
50代女性に多いがんはこの5つ
がん全体でみると罹患者の数は60歳以降、男性がグッと増えますが、50代までは女性のほうが多い傾向にあります(※)。
※厚生労働省「令和2年全国がん登録 罹患数・率 報告」より
なかでも50歳以降の女性に多いがんの代表として挙げられるのは、「まず乳がん、そして大腸がんです」と押川勝太郎先生。
乳がんは1985年以降患者数が右肩上がりに増えているがん。
40歳以降になると発症率が増え、50歳以降、それが加速します。
「乳がんのがん細胞は女性ホルモンの影響を受けて分裂・増殖するため、閉経したあと、ホルモンバランスの複合的な変化が一時的に乳がんリスクを低下させますが、60歳を過ぎるとまた上がっていきます。
これは加齢現象以外に、食生活の欧米化により動物性脂肪の摂取量が増加したことが関連していると考えられています」(押川勝太郎先生)
がんは老化現象なので加齢とともにリスクが上がりますが、60歳を過ぎると「閉経したから乳がんにはならない」との思い込みから、検診を受けない人が増えることが一因にあるようです。
「がんの部位別死亡者数でみると乳がんは4位。これは乳がんがある程度コントロール可能ながんであることを物語っています。
早期発見できればかなりの確率で治せるがんといっていいでしょう」
一方の大腸がんは、女性では死亡率1位のがんです。
「死亡率は高いのですが、がんの中では早期発見によって治しやすいがんといえます。
発見が早ければ治療でほぼ確実に治すことができますし、検査でがんになる前のポリープが見つかった場合、それを切除できればがんのリスクを確実に下げられるからです」
なのに死亡率1位というのはなぜなのでしょうか?
「それは、初期は自覚症状がほとんどなく、発見が遅くなる人が多いから。
まず毎年きちんと大腸がん検診を受けている人はどのくらいいるでしょうか?
また、便に血が混ざっていることがあっても、痔だと思い込んでいて長いこと受診をしないという人はとても多い。
早く発見できればきちんと治るがんなのに、とても残念なことです」
あとの3つは子宮がん(頸部、体部)、肺がん、胃がんです。
「子宮体がんには自治体のがん検診は設定されていません。
その理由は、子宮体部の細胞摂取は頸部に比べて難しく、痛みを伴う可能性があります。やったとしても体へのダメージがある。かつ検査によって死亡率を下げることが期待できないからです。
でも今回挙げた中では、子宮体がん以外はすべて検診があります。検診があるものはきちんと受ける、ということから始めてほしいと思います」
がんは誰にでも突然やってくる、だから「防災」しよう
代表的ながんはこの5つだといっても、もちろん気をつけなければならないのはこれらだけではありません。
「がんの種類は何百種類もあり、すべてのがんについて検診をすることは不可能です。
だから『このがんに気をつけよう』と特定のがんを警戒するよりは、がんという病気そのものに備えておくという考え方が大事になってきます。
今や生涯でがんになる人は2人に1人(※)、というのは聞いたことがあるでしょう。
※国立がん研究センター 「『がん情報サービス』最新がん統計のまとめ」より
これは4人家族で1人もがんにならないのは、10家族中1家族しかいないという計算(※)です。
※4人ともがんにならない確率は、1/2の4乗=約6%
つまり、ほとんどの人が、自分か家族の誰かががんになるということ。
がんは基本的には老化によって起こるものなので、ここまでがんになる人が増えているのは長寿社会になったからともいえるのです。
がんは誰にでも突然やってくるもの。それは自然災害と似ています。
だから私は『がん防災』と名づけて、知識を蓄えておくことを呼びかけています」
「例えば皆さんは『なぜ大地震が起きるのだろう? なんとか起きないようにできないのか?』とは考えないですよね。それは、地震が起きないようにすることは不可能だからです。
でも防災をしっかりやっておけば、非常時を乗り切りできるだけ早く日常に戻ることができます。
がんにも同じことがいえ、がんを絶対的に予防することなんて不可能。
それなら『ならないように』を考えるよりも、『なっても落ち着いて対応できるように』と考えるほうがよほど現実的です」
多くの人が抱くがんへの恐怖は、がんを知らないことから来ています。
「今のがん治療やそれを取り巻く環境は、ひと昔前に比べて格段に進歩しています。『がん=死』ではない、というのが今のがん。
それなのに、治療に専念すべく仕事を早々にやめてしまう、抗がん剤への負のイメージだけで治療を拒否する、といった早まった行動や思い込みによる選択で、治るチャンスを手放してしまったり、治療後の生活に支障をきたす人をたくさん見てきました。
がんになると『もっと早く発見できればよかったのに』『もっと別の治療法はなかったのか』など、いろいろな後悔や問題が出てきます。
でも、自分の今の状況で勝負するしかないんです。
スヌーピーの名言で『配られたカードで勝負するしかない』というのがありますが、まさにそれ。そのカードはつまり『自分にできるがんへの備え』です」
手元の“カード”をできるだけ充実させるために、そしてカードそれぞれの力を理解し、いざというときに使いこなせるように。今日から『がん防災』を始めましょう。
イラスト/macco 取材・文/遊佐信子