ちまたの「これでがんが防げる」説がナンセンスな理由
「がんは誰でもなり得る」と頭ではわかっているけれど、「そうはいってもなりたくない」と思うものです。しかし…。
「気持ちはわかりますが、『これをすれば、これを食べればがんにならない』と言い切れるものはありません。
その理由は、がんとひと口にいっても、がんの種類は細かく分ければ500種類以上もあり、どこにできるどんながんなのかによってリスク要因もさまざまだから。
発症しやすい年齢も、がんごとに異なります。かつ、実はがんの半分以上が発症原因が不明です。
なので『これでがんを防げる』といえる単一の方法や食べ物などはありません。
確実にわかっているのは、がんは加齢によってリスクが上がること。
であれば『究極のがんにならない方法は長生きをしないこと』と、皮肉な話になってしまいます」(押川勝太郎先生)
それでは「野菜を食べるのはがん予防にいい」「運動不足はがんになる」など、よく耳にするがん予防やがんリスクのあれこれには、意味がないのでしょうか?
「国立がん研究センターでは『どれだけのがんが予防可能なのか』という研究が行われています。
もし喫煙や飲酒、運動不足などの特定の要因が“なかったとしたら”、何パーセントのがんが予防可能だったのかを試算したものです。
それによると男性では約40%、女性では25.3%のがんが「予防可能だった」という結果でした。
その中で「運動不足でなかったら」予防できた率は、男性では1%、女性では0.1%。
「野菜不足でなかったら」予防できた率は、男性0.3%、女性0.1%。
思っていたよりも予防率は低いと感じるのではないでしょうか。
つまり、例えばブロッコリーが好きで毎日食べることは何の問題もありませんが、『がん予防になるから』と信じ込んで苦手なのに食べまくる、といったことをしても、大きな予防効果は期待できないということです」
コンディションのよさは「予防」にも「治療」にも大事!
つまり、絶対的に「これをするとがんにならない」はないけれど、「リスクを下げられる」という考え方が大切だとか。
「『これを避けたら予防できた』率が高いのは、男女ともに喫煙、感染、飲酒です。
特に能動喫煙は男性で23.6%、女性で4%の予防率。
感染は男性で18.1%、女性で14.7%。
飲酒は男性で8.3%、女性で3.5%です」
こうした研究結果から、「禁煙」「節酒」「正しい食生活」「適度な身体活動」「適正体重の維持」の5つと、子宮頸がんや肝がん、胃がんの原因となる「ヒトパピローマウイルス、B型・C型肝炎ウイルス、ヘリコバクター・ピロリ細菌感染を予防あるいは治療すること」が、がんのリスクを下げるとして推奨されています。
「『これらが“なければ”予防できた』という可能性があるなら、それを実践するのが最も有効な手段といえます。
また、野菜をしっかりとる、運動を定期的にするというのも、率が少ないだけで意味がないわけではありません。
これらの数字はがん予防という観点からだけの数字であり、食生活や運動などの生活習慣に気を配ることは、糖尿病や高血圧、肥満、フレイル(虚弱)といった、がん以外の病気や症状の予防にもなりますから、総合的に考えてメリットが大きいのです。
特に、医療者の間では当たり前なのに意外と知られていない事実として、『体力がある人のほうががん治療がうまくいく』というのがあります。
栄養状態がよく筋力や体力がある人=コンディションのいい人のほうが、抗がん剤が効きやすく副作用も出にくいのです。
これは、台風や洪水、地震が来たときに体力や筋力のある人のほうが自力で切り抜けられる率が高いというのと同じこと。
だから運動や食事に気を配って日頃からコンディションを整えておくことが、まさに『がん防災』になるのです」
治療中に「がんにならない食事」をしてはいけない
がん治療中の方が陥りがちな罠に「がんにならない食事」があります。
「基本的には『がんにならない食事』はまだがんになっていない人向けのもので、ヘルシーでカロリーも抑えた内容です。
例えばそれが肉を避けるような内容だったとして、治療中の方が治りたい一心で肉を一切食べなくなったらどうでしょうか? タンパク質不足で筋力低下に陥ってしまうでしょう。
体力や筋力のある人ほど、抗がん剤治療がうまく運ぶ傾向にあるというのは前述のとおり。
それなのにこうした極端な食事制限をしてしまったら、治療の成否を左右しかねません。
また、抗がん剤の副作用で食欲がないときに、食欲を高められるなら減塩を意識しすぎなくてもいいのです。もともと減塩は高血圧や心不全などの治療のためであり、がん治療にはむしろ不利に働くことが多いです。
治療中の方に優先していただきたいのは『しっかり食べる』こと。
栄養バランスよりも、まずは総カロリーがきちんと足りているかどうかを大事にするのが正解です」
【教えていただいた方】

宮崎善仁会病院・腫瘍内科非常勤医師。抗がん剤治療と緩和医療が専門。NPO法人宮崎がん共同勉強会理事長。がん化学療法の専門家として、6年前からYouTubeチャンネル「がん防災チャンネル」を主宰し、がんに関する正しい情報を発信し続けている。著書に『新訂版 孤独を克服するがん治療 患者と家族のための心の処方箋』(サンライズパブリッシング)などがある。
イラスト/macco 取材・文/遊佐信子