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さすらいの婦人科巡礼

佐々涼子

佐々涼子

1968年生まれ。日本語教師を経て、ノンフィクション作家に。2012年『エンジェルフライト 国際霊柩送還士』(集英社)で第10回集英社・開高健ノンフィクション賞を受賞。他に『駆け込み寺の男 ―玄秀盛―』(ハヤカワ文庫)、『紙つなげ!彼らが本の紙を造っている』(早川書房)など

PHOTO©Hayakawa Publishing Corporation

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もう、つべこべ言わずにぱっと切って、さっと治りたい。ええい、もう決めた決めた!卵巣をふたつパパっと取ってすっきりしよう。

 

 

 

そう思ったら、何か美しい青空が広がってそこから天使でも降りてきそうな気持になった。今、家族は男ばかりだが、男どもはみな賛成している。

 

 

父は10年前に前立腺がんをわずらったが、「手術したが、なんでもなかったぞ。大丈夫だ!」と言っている。前立腺。……うーん。でも、それは参考にならないんじゃないだろうか。でも、まあ、わたしの決断を歓迎してくれているのは確かだ。

 

 

こんなときには母が生きていればいいのにと、思うことがある。それでも子どもを産んだときには親がいて、いかにわたしは恵まれていたかと痛感する。失ってわかる親のありがたさである。

 

 

さて、卵巣を両方取ることにした、気分はすっきりだ、と若い友人に話すと、またまたここで彼女が決心を鈍らせることを言うのである。

 

 

「佐々さ~ん。うちの母も同じように言われて、卵巣をふたつ取ったんですよ。そうしたら、ホルモンのバランスを崩して、骨粗しょう症になるし、精神的に落ち込んで今、鬱状態です」と言う。
「ええっ、嘘?」
「本当ですよ。苦しむ母を見ているので、よく考えた方がいいと思って。たぶん個人差があって、いろんな人がいると思うんですが、うちの母はそんな調子でした」

 

佐々さん_photo

 

更年期症状とは具体的にどんなものかわかっていなかったが、そうだったのか。でも、わたしはこうも思った。

 

 

「そうだよなぁ。それそれ。その生々しい体験をわたしは聞きたかったの!」

 

 

ネットを検索すると、「更年期の症状が起きることがある」などとさらーっと書いてある。しかし、実際にどんなものなのかがさっぱりわからない。

 

 

でも、普通に考えて、いきなり卵巣を取ってしまったら、しばらく具合が悪くなりそうなことは予測がつく。あくまで、個人差があることはわかっているが、自分はたぶん具合が悪くなるタイプだと思う。でっかい子宮筋腫があるのでホルモン補充療法もむずかしい。

 

結局、何をやってもリスクとメリットがあり、切ってみないことにはわからないことだけがわかった。しかし、このグルグルした感じ。既視感があると思ったら、まるで悪いオトコと切れる、切れないで、悩んだあげく占いにはまりまくる女たちのようではないか。

 

佐々さん_photo

 

 

こんなことで、みんな悩んでいるのかなぁ。それとも、さっさと切って新たなステージに立っているんだろうか。更年期の体験談を大声で言っている人をあまり聞いたことがないのだが、それっておかしくはないだろうか。みんな通る道なのに。

 

 

オトコと切れるときは占い師に聞くのではなく、直接そのオトコと話しあうべきだと思う。卵巣の場合は直接対話はできないが、医者が代弁してくれるに違いない。やはり医者に聞こう。アンジェリーナ先生に不安なことを聞いてみるのだ。

 

 

次の診察日に、今持っている不安をぶつけることにした。
「先生、両卵巣を取って具合が悪くなったという人がいました。具合が悪くはならないでしょうか。健康な卵巣だけでも残すことはできませんか?」
すると、医師は「それは、もちろんかまいませんよ。自己責任ですからね」とさらっと言う。

 

 

「じゃあ、例えば卵巣をひとつだけ残して、閉経を待つこともできるんですか?」
「もちろんいいですよ、あなたのからだなんですから」

 

 

すると、医師はしばらく黙ってカルテを書いていた。そして、顔を上げると、「いい先生を紹介しますからね」と、言い渡された。

 

 

「え? 先生が手術してくださるんじゃないんですか?」と聞くと、にっこり笑って、
「僕は、春まで手術がいっぱいでね。これ以上予定を入れると過労で死んでしまうから」と看護師に書類を手渡した。
「紹介する先生は、すごくいい先生だから大丈夫ですよ」と、告げられると「はい、お大事に」と別れを切り出された。わたしは何もわからないから、可能性を聞いてみただけなのに。

 

 

このシチュエーション、どこまでも既視感がある。きちんと話しあおうとすると、これが別れ話になるってところまで、やっぱり悪いオトコと一緒である。

 

 

「違うの、わたしはただ、あなたに本当のことを聞いて安心したかっただけなの!」と泣いて、追いすがったりはできず、会計で紹介状を渡されて、茫然としただけだった。

 

 

まあ、そんなわけで、よほど婦人科運が悪いのか。まだまだ、婦人科巡礼の旅は続くのである。

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