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横森理香 連載小説「大人のリアリティ小説~mist~」シーズン5 大人女子の恋愛事情 第8話 外堀を固められる

横森理香

横森理香

作家・エッセイスト。1963年生まれ。多摩美術大学卒。 現代女性をリアルに描いた小説と、女性を応援するエッセイに定評があり、『40代 大人女子のためのお年頃読本』がベストセラーとなる。代表作『ぼぎちんバブル純愛物語』は文化庁の主宰する日本文学輸出プロジェクトに選出され、アメリカ、イギリス、ドイツ、アラブ諸国で翻訳出版されている。 著書に『コーネンキなんてこわくない』など多数。 また、「ベリーダンス健康法」の講師としても活躍。 主催するコミュニティサロン「シークレットロータス」でレッスンを行っている。 日本大人女子協会代表

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瞳は元旦に幼馴染のケンちゃんの自宅を訪れることに。洋風のものに憧れて生きてきたが、風情を感じる和風のしつらえに、心地よい日本の正月を味わっていた。作家・横森理香の連載小説「mist」シーズン5は、コロナ禍の東京を切り取った、初沢亜利氏の話題の写真集「東京 二〇二〇、二〇二一。」とコラボ。小説と共にお楽しみください。

初沢亜利

撮影/初沢亜利 写真集「東京 二〇二〇、二〇二一。」より

 

第8話 外堀を固められる

 

 

男たちがへべれけで帰り、ケンちゃんは居間で泥酔したあと、瞳はケンちゃんのお母さんと片づけをした。

「ごめんね、瞳さん、これじゃあ手伝いに来たみたいだね」

とお母さんはすまなそうに言う。

「手伝いに来たんですよ」

と瞳は笑いながら言った。

 

「もう座っててください。あとは私がやりますから」

瞳は体力には自信があった。

「すまないねぇ、じゃ、よっこいしょっ・・・」

お母さんは食卓の椅子に腰を下ろした。

「塗りの器、こっちに回してくれたら私拭くからね」

「はーい」

 

お母さんは食卓の上に置いてある保温ポットでお茶を淹れてくれた。

「瞳さん、はい、お茶」

「ありがとうございます」

瞳は前掛けで手を拭き、座ってお茶をすすった。

「美味しい。この大福茶、出がらしでも美味しいですね」

「そうだよ、いいお茶使ってるからね。賢一はいい子だけど、商売っけがないから」

 

 

あ、それな~、と、瞳は心の中で思った。

「瞳さんみたいにしっかりした人がついててくれると、私も安心してホームに入れるんだけどね」

お母さんは遠い目をした。

「またまた、まだまだお元気じゃないですか」

と瞳は心から言ったが、お母さんは首を横に振る。

「元気そうに見えるけど、結構ガタが来てんだよ。今日張り切ったら、一週間は使いモンになんないからね」

と言って笑う。

「賢一をひとりにしないように、頑張ってきたけどね。そろそろ無理なんだよ。ボケないうちにこの家のことは瞳さんに教えるから、賢一と一緒になってくれないかね?」

「え」

「賢一ひとりじゃ、頼りなくてボケることもできない。だいたい可哀相でね。縁がなくてあの年までひとりモンだろ? 寂しくて休みの日は酒浸りだよ。瞳さんと付き合い始めてから嬉しそうで。生き生きとしたあの子を見るのなんて、久しぶりの事だもの」

「・・・」

瞳は一気に、酔いが冷める思いだった。

「座卓、拭いてきますね」

「ああ、頼むよ」

瞳は台拭きを持って、居間に行った。ケンちゃんはガスファンヒーターの前で鼾をかいている。お母さんがかけた毛布がはだけていたから、瞳は、肩が冷えないようにかけなおしてあげた。

 

ケンちゃんは寝言で、

「う~ん、瞳、愛してるよ」

と言った。

「ったく、寝言言ってるでねぇっ」

と蹴とばしたい気持ちだったが、嬉しくないわけでもなかった。

このアンビバレントな性格を、どう対処すべきか。

それが、瞳に課せられたお題だった。

 

 

台所に戻ると、お母さんが不動産登記書類や証券の類をテーブルの上に並べていた。

「瞳さん、後片付けはいいから、座って」

「はい」

まじいな、と、瞳は思った。もしかして、外堀固められてる?

「うちはこう見えて四代続くお茶屋なんだよ。だから、賢一が商売下手でも、一生食っていけるだけの財産はある。瞳さん、賢一と一緒になってくれないかね?」

 

確かに、ざっと見ただけでも、ケンちゃんちの不労収入は想像以上だった。

「孫は健二んところにいるから賢一には望まないし」

次男の健二はエリートサラリーマンになって世田谷に住み、一姫二太郎の典型的な家族を持っている。下町が嫌いで、どこぞのお嬢様と結婚して彼女の言いなりになっているのだという。

「このままだと、私が死んで、賢一になにかあったら、この家の財産は全てあの、いけ好かない女のものになっちゃうんだよ」

 

お母さんは次男の嫁が嫌いだった。その子供たちも、エリート意識が強くて下町をバカにしているんだと言う。瞳にはお母さんの気持ちが分かった。

 

自分だって長年、港区女子として下町をバカにしてきたが、父親の認知症がきっかけでこの地を再訪してから、自分の骨身は、この土地の風土と文化でできているのだと痛感していた。ケンちゃんといると和むのも、そのせいだった。

「瞳さん・・・」

お母さんが瞳の手を握った。

「あんた年の割には、手がきれいだねぇ」

 

カクっと、肩から力が抜ける瞳だった。

 

 

◆「mist」のこれまでのお話は、こちらでお読みいただけます。

◆次回は、4月12日(火)公開予定です。お楽しみに。

 

★初沢亜利さんの写真集「東京 二〇二〇、二〇二一。」は、こちらからどうぞ。

 

 

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