植物療法士・森田敦子さんによる最新刊『私のからだの物語』(ワニブックス)が話題を呼んでいます。女性が一生つきあう体と性について、正しい知識を伝えているこの本では、老年期、介護の真実にもフォーカス。「介護の未来を変える!」としてタッグを組む森田さん、広島の医療法人社団 八千代会の副理事長・姜(かん)慧(へ)さんのお二人に、OurAge世代が知っておきたい老後と介護について、リアルなお話を伺いました。
──── 森田さんの最新著書『私のからだの物語』(ワニブックス)は、女性の体の一生を「幼年期~思春期」「青年期」「更年期」「老年期」の4つの時期に分けて紹介しています。この著書で語られている、女性が一生を通じて行う腟ケアは、じつは将来の介護問題にもつながっているという視点は新たな気づきでした。
森田:日本では「腟ケア」という言葉すらなかった時に出版した前著『潤うからだ』(ワニブックス2017年刊)は大きな反響を呼びました。そこから少しずつ腟ケアの重要性は広がり、長く啓蒙活動を続けた甲斐もあって、メディアでも取り上げられるようになりました。今はかなり扉が開かれてきて、それは本当に喜ばしいことと思っています。ただ、私が掲げたい最終ゴールは、じつはもっと先のこと。それは、「腟ケアは60代以降も、老年期の性の自立へとつながっていくんだよ」ということを伝えたかったのです。
──── 老年期における「性の自立」とは、どういうことでしょう?
森田:老年期に、おむつをはくことなく、自立歩行ができる、ということです。なぜなら、日本では多くの高齢者が、おむつをはくことを受け入れていますよね。けれどそれが当たり前になると、どういうことが起きるのかわかりますか。
尿意や便意を感じた時は、腟まわりや肛門を意識してぎゅっと力を入れて、トイレに行くまでは我慢しますよね。でもおむつをはくことで排泄物を我慢する必要がなくなると、人は腟まわりや肛門に意識がいかなくなる。すると下半身の筋肉はどんどん鍛えられなくなり、子宮脱などの臓器脱に拍車をかけることにもなります。
寝たきりの方の場合は、さらに深刻です。おむつの中で排泄することに抵抗がなくなると、やがて腟まわりは炎症を起こしたり、陰部がただれて、掻きむしることで傷になってしまったり……。医療介護の現場ではとくに、この「下の世話」と呼ばれるケアがとても壮絶なのです。けれど腟ケアと同様に、これまではあまり声を大にして問題視されてこなかった部分。おむつをはくことは必要なこと。けれど自力で排泄できる力を養っておくことも大切。そのためには腟ケアが重要で、それが「性の自立」でもあると思っているのです。
──── そして姜さんは、高齢者の医療や介護をトータルでサポートする広島の医療法人社団 八千代会で副理事長を務めておられます。森田さんは13年間にわたり、この八千代会で植物療法を用いたケアについての研究、指導を行っていたと伺いました。それはどんな出会いからだったのでしょうか?
姜:森田さんの性の自立を願う想い、そして私が長年、医療介護の現場で感じていた想いが重なったのは、2010年の出会いでした。ご縁があって、森田さんが私たちの運営する広島の介護付きホーム(メリィハウス西風新都)に出向いてくださったのです。施設内のレストランでお目にかかった時はお互い食事をするのも忘れて、2~3時間以上もずっと語り合ったほど。その時、以前テレビ番組で見た「フランス・ギュスターヴ・ルーシーがんセンター」での植物療法(フィトテラピー)が印象に残っていて、それをお伝えしたところ、なんとその病院は、森田さんがかつて研修を受けていたところだったのです。
森田:私は20代の時、パリ13大学薬学部でフィトテラピーを学びました。フランスだけでなく、ドイツ、イタリア、北欧、スイスの医療介護施設では、乳がんや子宮がんなどの婦人科系疾患の患者さんのケアに、植物のバイオロジーが当たり前のように使われています。「日本の医療介護にも、フィトテラピーを広めていきたい!」というのが、やがて私の夢になっていきました。だから日本の医療介護施設として知られる八千代会さんが、フィトテラピーに強く関心を持ってくださったことがうれしくて。私にとっても、姜さんとの出会いは運命的なものでした。
姜:本当に。そして2018年には、私たちのスタッフも先述のがんセンターへ視察に行くことができました。そこで、目の当たりにしたのは、がん専門の病院で医療エステを実践した緩和ケアを行っていること。また別の施設では、介護を受けながらも最後まで自立と自尊心をもって、排泄ケアを含めた看護介護をしていく。フランスのお国柄に感銘を受けて帰国しました。
──── お二人が出会った当時、姜さんのお母様はがんで余命宣告をされていた時だったそうですね。
姜:はい。当時母は、抗がん剤による副作用で非常に苦しんでいました。浮腫や頭髪が抜ける時の痛みなど、これは医療なのかセルフケアなのか、その領域の隙間の部分はどうしてあげたらよいのだろう、と模索している時だったのです。そのため、鍼灸の学校に通ったり、アロマテラピーやリフレクソロジーを学んだり……。そんな話から森田さんと出会った時、「自分で良かったら」と、ご自身でブレンドしたフィトテラピーのオイルで、母の体を丁寧にマッサージしてくださったんです。ベッドから起きて立ち上がるまで何分もかかっていた母ですが、途中で「体が軽い!」と言い出して、本当にスッと立ち上がることができた。あの光景は、そこから続くこととなる、私と森田さんの絆をより強固にしてくれた一場面でした。私自身もがん患者を抱える家族として、「森田さんと共に動くことで、貢献できることはないだろうか?」と考えるようにもなりました。
森田:私自身も祖父母の介護の現実を見た時、大きなショックを受けたのです。寝たきりで胃ろう(※)になり、「おむつの取り替えや陰部のケアは、いつしてもらえるのだろう?」「介護士さんは、いつ戻ってきて下さるかな」…など、様々な局面を見ました。もちろん、介護士さんたちが一生懸命お世話をしてくださっていることは重々理解していたので、不満はありませんでした。
けれど、得も言われぬ悲しみは残りました。それは、私がフランスで学んだ、「下の世話というけれど、それは人間の尊厳や性を大切にすることに直結している」という、人間の本質だったと思います。
※胃ろう…口から栄養を摂取するのが難しい人のために、胃に穴を開け、直接栄養を送り込む手術や装置
──── 「介護の未来を変えなければ」というお二人の使命感は、やがて医療介護の視点から生まれたブランドMesoins(メソワン)プロジェクトとして大きく発展していきます。
撮影/石原写真事務所 石原慎太郎 取材・文/井尾淳子