ドキュメンタリーとリアリティ小説
アワエイジで連載中の大人女子リアリティ小説「mist(ミスト)」、シーズン5「大人女子の恋愛事情」に作品を添えてくれた写真家の初沢亜利氏が、林忠彦賞を受賞した。
コロナ禍の東京をリアルに撮影した写真集「東京 二〇二〇、二〇二一。」である。
林忠彦賞は、その時代を映し出す象徴的なドキュメンタリー写真作品に与えられる栄誉。
六本木のフジフィルムフォトサロンで行われた記念写真展にお邪魔した。
パリ生まれのご本人はアーティストな感じで、作品は「これはもしや仕込みでは?」と思わせるようなドラマを感じさせた。
ドキュメンタリーフォトである以上、その瞬間、その場所に居合わせなきゃいけないわけで、これはもう作家本人の引き寄せ力がハンパないと言わざるを得ない。
そして自粛生活を余儀なくされたコロナ禍で、よくぞここまで現場を目撃しにほうぼう行ったものだと感心した。
誰もいない満開の雪の桜並木、からっぽの原宿駅、一席空けの新橋演舞場、そんな中で濃厚接触をする道端のカップル・・・。
「これは写真家として、撮っておかねばならない」
という使命感にかられたのだと思う。
私もしかり。もう十五年ぐらい小説を書いていなかったのに、コロナ禍で、
「どうしてもこの状況は、書いておかねばならない」
と、作家魂に突き動かされた。バブルを描いた唯一の小説といわれる稚書「ぼぎちん」同様、コロナ禍で自粛生活を余儀なくされた2020~2022は、作家として記録せざるを得ない異様な時代だからだ。
特に大人女子に至っては、ただでさえコーネンキで辛い心身が、自宅軟禁の家族ストレスや、誰にも会えない孤独に苛まれる。
主人公たちの、仲の良かった従姉は死に、そもそも仲の悪かった連れ合いは蒸発し、ペットも死んだ。絶縁状態の父親はボケ、何十年ぶりかに訪れた実家は更地に・・・。
何もなくても辛いお年頃に、コロナ禍が追い打ちをかける。しかし、そんな中でも大人女子たちは、愛のかけらを拾い、友情をかけ橋に、生きる力を紡いでゆく。
人は、辛かった時代のことは忘れてしまう癖がある。そうじゃないと生きていかれないからだ。
でも、実際にこういう時代があった、ということは、記録しておきたい。それは、ジャーリズムにかかわった人間の使命だろう。
写真も小説も、リアルをいかに切り取るかで、芸術性が見えてくる。作家というフィルターを通した現実社会は、現実よりリアルに、その時代の空気、人、心を伝えてくれる。
痛みは、癒えたとき天に昇る。そのカタルシスを味わってほしい。
文/横森理香
「はじめまして」だけど、すぐに通じ合うアーテイスト二人。初沢氏のTシャツの胸にも「2020.5.19 北青山3丁目」という作品が。コロナの形に似た公園の遊具に子供が入らないようロープが巻かれている象徴的な写真。公園が閉ざされ、ベンチも使用不可となっていた時期もありました…。
初沢亜利氏は1973年生まれの写真家。バクダッド、沖縄、北朝鮮、香港…常に”現場”にいることをモットーとしている。著書に写真集『隣人。38度線の北』『沖縄のことを教えてください』『東京、コロナ禍』『東京 二〇二〇、二〇二一。』など。
★第30回林忠彦賞受賞記念写真展は、6月10日(金)~19日(日)、林忠彦氏生誕地の山口県周南市美術博物館、2023年1月14日(土)~29日(日)写真の町北海道東川町文化ギャラリーで開催予定。
横森さんが気に入っていたのは、ロックなおじさま@人通りの絶えた新宿歌舞伎町の写真。そのうえには濃厚接触な男女の写真が。小説「mist」でコラボした作品も展示されていました。
横森さんの連載小説「大人のリアリティ小説~mist~」、あらためて写真とストーリーを楽しんてみてくださいね。
人気連載「大人のリアリティ小説~mist~」
シーズン1:「終わらない春」第一話はこちら
シーズン2:「コロナ同棲」第一話はこちら
シーズン3:「自由という名の孤独」第一話はこちら
シーズン4:「幸福という名の地獄」第一話はこちら
シーズン5:「大人女子の恋愛事情」第一話はこちら
初沢氏の作品は、このシリーズに登場します。お楽しみください!