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横森理香 連載小説「大人のリアリティ小説~mist~」シーズン3 自由という名の孤独 第6話 近くて遠い故郷

横森理香

横森理香

作家・エッセイスト。1963年生まれ。多摩美術大学卒。 現代女性をリアルに描いた小説と、女性を応援するエッセイに定評があり、『40代 大人女子のためのお年頃読本』がベストセラーとなる。代表作『ぼぎちんバブル純愛物語』は文化庁の主宰する日本文学輸出プロジェクトに選出され、アメリカ、イギリス、ドイツ、アラブ諸国で翻訳出版されている。 著書に『コーネンキなんてこわくない』など多数。 また、「ベリーダンス健康法」の講師としても活躍。 主催するコミュニティサロン「シークレットロータス」でレッスンを行っている。 日本大人女子協会代表

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自由気ままな生活もこれまでか。父親がボケたかもしれないという知らせに憂鬱になる瞳。誰が面倒をみる? 介護という現実が、目の前に押し寄せてきた・・・・・・一見、幸せそうに見える大人女子も、実はセツナイ内情があるもの。作家・横森理香がお届けする、乾いた心を癒す、マインドスチーム~mist~をどうぞ。

横森理香小説

第6話 近くて遠い故郷

 

瞳がジタバタしながら色々調べると、コロナ以前は無料で一週間ぐらいお試し宿泊できるところはあったのだが、今は見学だけにしているという施設が多い。高齢者やスタッフのワクチン接種はすでに済んでいるだろうが、父親が馴染めるか不安だった。あのたぬき親父、と思っても、実の親であることには変わりない。

 

「くそっ」

本当に、預けなきゃいけない状態なのだろうか。

ケアワーカーさんを頼んで家にいられるのではないか。

早稲田大学に通い、都電荒川線が大好きで沿線の町に住みついた父が、自分で建てたあの家に、死ぬまでいられるのが本望だろう。

 

しかし築五十年の古屋が、年老いた父親の寝たばこで燃えることを考えると、とてもじゃないけどもう置いておけない。一部屋空いてるわけだし、ここに引き取ってリジョンヒョク氏と一緒に暮らしてもらうのもやぶさかではないが・・・。

「どう思う? リジョンヒョク氏・・・」

元母親の部屋を覗き、窓辺で目を細める猫に話しかける。

 

だいたいコロナが明けても、またここに人が集まることも想像できないし、このタイミングで叔母から電話があったのは、何か意味のあることではないのか。

 

「なーんてな・・・」

瞳は久しぶりに、自分の使命みたいなものを感じていた。要するに、暇だったのである。

コロナ禍で趣味の旅行も行けなくなっていたが、遠出も一度お休みすると、別になくても良かった生活様式なのかと思うぐらい、コロナに飼いならされていた。

「とりあえず、様子だけでも見に行ってみるか・・・」

 

 

瞳は叔母に電話をし、次の休みに伺いますと約束を取り付けた。

それは一週間後で、ちょうどお盆のお中日だった。

「・・・・」

このタイミングで呼ばれるということは、先祖の霊がそうさせているのか。

 

四度目の緊急事態宣言はいつ解除されるか見通しもたたない。誰かに会っていいというのが「家族」に限定され、出掛ける理由が「どうしても行かねばならない時と場合」のみに限られた今、その先が年老いた父親の元だったとしても、なんだか出かけるのが嬉しかった。

 

もう二十年も足を踏み入れていないあの町、むしろ避けて通っていたあの町も、懐かしくないわけではない。

 

 

故郷は地下鉄でも行けたが、途中で路面電車にわざわざ乗り換えた。

「さくらトラム(都電荒川線)って、じゃ荒川線でいいじゃん」

 

瞳が大好きだったチンチン電車は、しばらく乗らないうちに、名前が変わっていた。

小さい頃と同じ、一番前の席に乗り込み、進行方向の線路をじっと見た。

 

チンチンチンチンと、鐘を鳴らして路面電車は出発した。

「しゅっぱーつ、しんこー!」

瞳は心の中で言った。

小さい頃はこの電車が大好きで、終点の三ノ輪橋から早稲田までを、飽きもせず行ったり来たりしたものだ。付き合ってくれたのは父だった。小さい瞳を膝の上に乗せ、最前列に嬉々として座っていた。

 

 

「シュッパーツ、進行~!」

子供がいるのをいいことに、父も口に出して言っていた。

そこは、チンチンチンという鐘が頭上にある、荒川線ファンにはたまらない特等席だった。

 

「・・・・」

電車は変わり映えのしない街中を、えっちらおっちら進む。この東京に、路面電車がまだ残っていること自体、奇跡だった。車窓から、風化した赤い庇が見えた。

「町中華かぁ。下町は、変わらないんだな・・・」

 

 

二十年間、瞳は港区在住の素敵大人女子として生きて来た。

時には、下町出身であることを隠し、白金マダムのふりをすることすらあった。

タワマンの林立する街で生きていると、ここはまるで別世界だ。

 

ガタンゴトンと、路面電車は進む。

その小さくてレトロな電車は、まるでタイムマシーンのようだった。脳裏に、小さかった頃の自分と、父親の姿が浮かんだ。

 

 

子供には優しかった父だが、瞳が大きくなるにつれ、家庭内の女性蔑視、モラハラはハンパなかった。この時代に、

「女は短大の家政科でも行って、とっとと結婚するのが一番だ」

と言い切り、それ以外は認めなかった。

その頃からだ。母親が宅建を取って働き始めたのは。

 

 

高卒で就職した会社で、調子のいい父親にたぶらかされ、二十歳で出来ちゃった結婚した母の無念さは、瞳は物心ついた時から痛感していた。自分だって、働いて稼ぐことが出来たら、娘も自分もこんな辛苦を舐めなくてもいい・・・。

 

夫婦喧嘩をすると、口答えする母親や瞳に、父親は暴力を振るい始めた。母親はなんとか自分と娘を守り、このモラハラ地獄から抜け出るため、お金を貯め、都内にマンションをいくつか購入した。

 

どうにも娘はまともに働きそうにもないし、自分がダメになった時、生活に困らないようにしてくれた。しかし離婚後も、父親は母親の勤める会社に怪文書ファックスを流すなどして、いやがらせをしたのだ。

 

そのストレスで、母は癌になったに違いないと瞳は信じて疑ってなかった。あんなヤなやつのシモの世話が、果たして自分にできるものかどうか謎だったが、介護というのは未知の世界なので、興味がないわけでもなかった。それに・・・。

瞳は体力には自信があった。老人ホームに大金を取られるより、自分で世話したほうがマシなのではないだろうかと、損得勘定をするのだった。

 

「まず認知症認定してもらって、ケアワーカーさんをお願し、仕事の時は看てもらうと」

ぶつぶつ言いながら線路を眺めていたら、正面にいきなり、スカイツリーが現れた。

「え、マジ? こっから見えるんだ」

平成24年開業だから、荒川線の風景としては見たことがなかった。

「は~、なんか巨大・・・」

 

感心しながら眺めていると。とうとう懐かしい故郷に着いた。

「久しぶりだなー。みんな元気かな?」

瞳は幼馴染の商店主たちが、店にいることを期待して、歩き始めた。

 

横森理香小説

©︎AMU(フォトグラファーユニット.KNIT)

 

◆小説「mist」のシーズン1、2、3のここまでのお話は、こちらでお読みいただけます。

◆次回は、9月14日(火)公開予定です。お楽しみに。

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