【お話を伺った人】
1968年生まれ。慶應義塾大学卒業後、リクルートに入社。その後、転職を繰り返し、47歳で慶應義塾大学大学院修了。2016年に40代、50代のキャリア再構築を支援する会社「ヒキダシ」を設立。企業研修(セカンドキャリア研修)や中高年のキャリアコーチングを行うかたわら、「スナックひきだし」を営業する。日経xwomanの連載「昼スナック ママに人生相談」では、中高年への率直で飾らないアドバイスが人気に。著書に『昼スナックママが教える 45歳からの「やりたくないこと」をやめる勇気』(日経BP)
「スナック」だからこそ、キャリアや人生について気楽に話せる
企業研修やミドルシニア世代向けのキャリアコーチングを行う木下紫乃さん。
さまざまな人の相談に乗るうち、セミナーなどの堅い雰囲気の場ではなかなか話しにくいことを「もっと気楽に本音で話せる場所を提供したい」と、東京・赤坂で「スナックひきだし」をオープンしました。
木下さんが「紫乃ママ」としてお店に立つのは週に1回。
その気の置けないトークを楽しみに訪れるお客さんで、お店は賑わっています。
そして、紫乃ママが、居合わせたお客さん同士をどんどんつなげるので、訪れた人は普段は出会えない分野の人たちと自然と語り合うことに。もちろん、黙って聞き役に徹するもよし。
「異業種の人たちから新たな情報を得たり、さまざまな人の価値観に触れたりすることで、自分の世界が広がる」
それが、スナックひきだしを訪れる魅力です。なかには、この店を訪れたことで新しい人生プランが見えてきたという人もいるとか。
そこで今回、「60歳からの就職や転職に役立つ資格」についての連載をスタートするにあたり、定年以降の第2の人生プランをどのように描いていったらいいのか、そしてそのために資格を取ることは有効なのか。取るとすればどんな資格がいいのか。「スナックひきだし」にお邪魔して、伺ってみることにしました。
資格に飛びつく前に、「どう生きていきたいか」を思い描くことからスタート
Q. 紫乃ママさん。OurAgeの読者は40代、50代の女性が中心ですが、60歳以降の第2の人生について聞いてみると、「会社員時代とは異なる業種に就きたい」あるいは「子育てや介護で中断した仕事人生をやり直したい」など。その背景にある思いはさまざまですが、60歳以降も働きたいと思っている人が多いようです。
紫乃ママ:そうですよね。社会に出て働きたいというのは、自然な欲求ですよ。労働して対価を得ることはいちばんわかりやすい社会参加の形。何かをしたときに対価としてお金がもらえるというのは最高です。
もちろんボランティアもよいけれど、そこにお金がつくことで自己肯定感も上がります。働きたいという気持ちは健全だと思いますね。
Q. それで、この連載では「60歳以降の転職や就職に役立つ資格」について紹介しようと思うのですが、そもそも、資格というのは60歳以降の転職や就職に役立つのでしょうか?
もし、役に立つとしたら、どんな資格を取るのがいいでしょうか?
紫乃ママ:「資格は役に立つか」とか「なんの資格を取るべきか」とか考える前に、まずは「この先、60歳以降、自分はどんなふうに人生を送りたいか」ということを考えるのが先かな。
でも、実際、そういうビジョンがある人は少なくて、それが思い浮かばない人のほうが多いと思うんです。だから、そういう人には逆方向から考えたらどうかなってアドバイスします。
逆方向というのは、「もう、これは嫌だ」「これはやりたくない」ということを排除することから始めるということ。
たいてい40代、50代にもなれば、そんなふうに思うことが、何かあるのではないかしら?
そういうことを排除すると、やりたかったことの形が見えてくるんですよ。
私たちの世代って、若い頃「やりたいことを見つけろ」「目標を見つけてそこに向かって頑張れ」と言われてきた世代。
だから、そういう逆の発想をするのはちょっと難しいかもしれないけれど、家を選ぶときのことを考えてみて。
いきなり「これが理想」という家を見つけるのは難しいですよね?
でも、「日当たりが悪いのはいや」「駅から何分以上歩くのはいや」とか、譲れない条件があるから、まずはそういう条件に合わないものをちょっとずつちょっとずつ排除していくことで、徐々に希望の物件に近づいていったりします。
入り口としてはそういう方法もアリだと思いますね。
資格取得はその業界への「入場切符」のようなもの
紫乃ママ:それから、「資格」というものを全部ひとまとめにして語ると、なんだか話がごちゃごちゃになってしまって、何がしたいのかわからなくなってしまうので、まずは整理して考えたいですね。
世の中には、「資格がないとその職業に就けない」という業種がありますよね。医者、弁護士、税理士、会計士、看護師など。
それはもう、その仕事に就きたいと思うなら取るしかない。
でも、今、ここで話題に出ているのはそういう資格ではないですよね?
それ以外の、資格がなくてもその仕事には就けるけれど、持っていたら役に立つかもという種類の資格。
そういう資格の場合は、本当のところを言えば、資格を取っても取らなくても、稼げる人は稼げるし稼げない人は稼げない、ということが多いと思います。
ですから、まずは「この資格を取ったら必ず稼げる!」なんていうものはないということを認識することが大切ですね。
でも、だからといって資格をとることがムダだということではないですよ。
ただ、「なんのためにその資格が欲しいのか」ということをもう一度考えてみる必要はあるのではないでしょうか。
そして、その資格を取って、その後、自分はどうなっていきたいのかを考えてみることからスタートしないとね。
私の場合は、55歳で社会福祉士の資格を取りましたが、それは単純に「福祉について知りたい」「勉強したい」と思ったから。
私はキャリアコーチングの仕事をしてきましたが、いろいろな人の相談を聞いていると、福祉のお世話になるべき状況の人も、中にはいるということがわかってきたんです。
それで、そういう人たちにアドバイスをして、福祉とつなげてあげるためには、私自身、福祉の知識が必要だと思いました。
それで、まずは福祉の全体像を知るために、系統立てて勉強したいと思って社会福祉士の資格を取ることにしました。
社会福祉士の資格取得のための勉強をすることで、行政がやっている福祉についてまず、広く浅く知ることができました。
ですから私は、資格というのは、その業界に入っていくための入場切符みたいなものではないかなと思っています。
自分がこれまで知らなかった業界に入っていく際、何も知らずに入っていくわけにはいかない。その業界でずっと働いてきた人たちに対するリスペクトという意味でも、最低限のベーシックな知識を学んでおくといいのでは。
資格はそういう「最低限の知識を身に付けていますよ」ということを証明するものではないでしょうか。
ですから、その資格を取ったからといって「その業界でやっていけます、稼げます」というお墨付きをもらったわけではないです。ただスタート地点に立てたというだけ。
そこからその資格を使って稼げるようになっていくかというところには、また別の能力が必要です。
でも、そのスタート地点に立つための切符(=資格)を手にしたというだけでも、そこから世界はすごく広がっていくと思いますよ。
思い切ってチャレンジ!「続かなかった」としてもそこに学びは必ずある
Q.時間とお金をかけて勉強し、資格を取るのだから「世の中の需要があって今後稼げそうな資格を取りたい。どの資格を選べばいいかわからない」という人もいますよね?
紫乃ママ:うーん。私は「それが世の中で需要があるか」とか、「その業界が今後どうなりそうだ」とか、そんなことはどうでもいいと思っています。そんなことより大事なのは自分がやりたいかどうか。
自分自身は全然ピンときていないのに、「需要がありそう」とか「これから稼げると聞いたから」という理由で勉強し始めた場合、それが廃れてしまったらどうするのでしょうか。
それに勉強していて壁にぶつかったら、「なんで自分はこんなことを勉強しているんだろうか?」って、すぐに挫折してしまうのではないでしょうか。
でも、それが好きで自分で選んだことであれば続けられると思いませんか。
特に、人生後半で資格を取るとか、学び直すということであれば、世の中のことは関係ないです。
世の中は移ろいゆくもの。そんなことを追いかけても仕方がないので、自分が面白そうだと思えることを勉強してみて、もう少し知りたいと思えたら継続していくというのが、いちばんいいと思います。
資格に限らず、私が何かチャレンジするときに、常にお守りのように持っている言葉があって、それは「嫌になったら、やめればいい」なんです。
「いつでもやめられる」と思うことで、新しいことに思い切ってチャレンジできます。これはすごく大事です。
もちろん、資格取得のために学ぶということはお金もかかることなので、途中でやめるともったいないという気持ちにはなりますよね。でも途中でやめても、「この資格は自分には向いていなかった」ということも学びのひとつ。
それを学ぶための費用だったと思えばいいんです。
だって、始めてみないと、それが自分に合うかどうかすらわからなくて延々と悩んでいるしかない。
でも、始めてみて「これは違ったな」とわかったら、次に行けるじゃないですか?
どんな経験もそこから学ぶことはあります。
もちろん、できるだけコストを抑えて始めるという工夫はしたほうがいいとは思いますけどね。
「自分にこの業種は向いているのか」「向いているなら資格を取ってみようかな」なんて考えていてもその答えは永遠に出ません。
なぜなら、知らない世界のことなのですから。
キャリアの相談は❝少し距離のある人❞に話すのが◎。言語化することで脳内整理
Q. 今後の自分の理想像を描く際に、頭の中を整理するために、「やりたいことを紙に書き出してみるとよい」ということをよく聞いたりしますが、どうでしょうか? 紙に書くのは有効ですか?
紫乃ママ:「書く」という方法もいいけれど、それもちょっと大変だなと思うので、自分の頭を整理したいということであれば、まずは「人に話を聞いてもらう」というのがいいかなと思います。
ただし、話をする相手は、少し距離のある人がいいですね。
いつも一緒に行動する人たちを半径5mくらいの人と定義するとしたら、話を聞いてもらうのは半径10mくらいの人がいいかな。職場の人はもちろんだめ。普段あまり会っていない人がいいですね。
例えば学生時代の友人に連絡してみるとかね。こんなことを考えている、こういうことをすごくやってみたいと思っている、みたいに話してみたらどうかしら。
このときの目的は、相手からアドバイスや意見をもらうことではないです。自分の頭の中を整理することが目的。
話すことって、結構大事。
というのは、相手に話をするには、きちんと言葉にしないと伝わらないので、言語化するときに自分の脳内でいろいろな思考が整理されていきます。それで、自分の「やりたいこと」「やりたくないこと」がはっきりしていくし、自分の考える範囲が広がっていくのではないかしら?
★人生のヒントが見つかるかも! 木下さんのお店はこちら
紫乃ママに、気軽にキャリアや人生について、話を聞いてほしいという人は「スナックひきだし」へ。
紫乃ママが担当するのは木曜の14時~18時にオープンする「昼スナック」。夜は外出しにくい主婦の方も、お酒を飲まない方も、気軽に立ち寄れるようにと昼の時間に営業しています。
紫乃ママ以外にもさまざまな人たちがママやマスターを日替わりで担当。週1や月1のママやマスターもみんな普段は別の仕事をしている人たち。さまざまな経験を持つマスターやママになんでも話してみて。
東京都港区赤坂3丁目9-4赤坂扇やビル5C
最寄り駅:地下鉄赤坂見附
料金:チャージ(2000円〜)+ドリンク代(800円〜)
お問い合わせ:info@hikidashi.co.jp
★読めば自分の新たな可能性に気づける!木下さんの著書
『昼スナックママが教える 45歳からの「やりたくないこと」をやめる勇気』」
取材・文/瀬戸由美子