「察してほしい」という心の声は相手に届かない。「会話」を大切に!
熟年夫婦に圧倒的に足りないのは会話です。
「言わなくても、わかるだろう?」「言わなくても、察してよ」と思っているだけでは相手に伝わりません。やはり言葉で伝えないと、誤解を生むんですよ。
私の場合、定年後に妻との会話が増えたのは、やはり食事のときです。あるとき、「これ、おいしいね。どこで買ったの?」「いつもとひと味違うね」と言ったら、「ちょっと遠いけど、〇〇まで買いに行ったのよ」「これはひと晩寝かせたのよ」などと、会話が弾みました。
そうか。妻は家族のためにひと手間かけたことを、ねぎらってほしいんだと気づきました。
そもそも妻にとっていちばん嫌なのは「夫が無関心なこと」なんですよね。だから、「今日は何食べたい?」と聞いたときに「別になんでもいい」などと無関心な態度をとられると面白くない。
でも、こちらがたまに「〇〇を食べたい」とリクエストすると、「あ、それはちょっと時間がかかって面倒だから」と却下されることもあります。まあ、それもご愛嬌ですけどね(笑)。
相手を変えることはほぼ無理。でも、言葉がけを変えると、相手の反応が変わってくる
講演会などでお話しするとき、私は男性に「妻を変えようと思っちゃいけません。相手を変えようとしたところでストレスがたまるだけ。自分が変わるしかない」と伝えています。これは、夫に対する不満を抱えている妻にも言えることだと思います。
では、自分を変えるには、どうしたらいいのか。
まずは、夫に対する働きかけを変えてみるのがおすすめです。第4回、第5回の「妻が夫をコントロールするコツ」の中でもお話ししたように、妻側が夫に対するアプローチ法を変えることによって、夫の反応が変わってくるんですよ。
夫をコントロールするには、「報酬」としてねぎらいの言葉を与えること、妻が夫にやってほしいことを具体的に言葉で伝えることが肝心です。夫に対して「自分が言われたらうれしい言葉」をかけて、学習させましょう。
「ありがとう」は魔法の言葉。「ごめんなさい」は譲歩の言葉
かつて私は「ありがとう」を言えない男たちの一人でした。軽い感じで「サンキュー」と言ったことはありましたが…。私が心から「ありがとう」と言えたのは、定年して間もない頃、妻を伴って郷里の葬儀に出かけたときのひとコマがきっかけでした。
郷里の親族から訃報の連絡を受けたとき、妻の都合も聞かず、とっさに「夫婦で行く」と答えてしまったんですよ。妻にしてみれば、会ったことがない親族が多いので困ったはずです。
しかも、田舎の葬儀は午前中から夜まで長時間に及びます。大丈夫だろうかと、ふと妻のほうを見たら、なんと彼女は80代と90代の叔母の間に挟まれて、楽しそうに談笑しているではありませんか! 妻が初対面の叔母たちと打ち解けてくれるなんて、私にとっては想像もつかない出来事だったので、「ありがたいな」という気持ちでいっぱいになりました。

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帰る途中、車を運転しながら、「今日は一緒に来てくれて、ありがとう。長い時間お疲れさまでした」と、彼女をねぎらう言葉がごく自然に出てきたんですよ。そして、それ以降、妻と私の間にあった壁が少しずつ取り払われて、会話が増えていったように思います。しかも、妻から話を聞いた娘が「私もお父さんの田舎に行きたい。連れて行って!」と。
「ありがとう」のひと言から、こんな「化学変化」のようなことが起こるとは! まさに、魔法の言葉だなと思いました。
一方、「ごめんなさい」がなかなか言えないのは、「言わなくても、わかるだろう?」の弊害です。でも、一度言ってしまうと、次からは素直に言えるようになるんです。今では「ごめんなさい」は、夫婦が不毛な争いを避けるための譲歩の言葉と思っています。
不毛なケンカはしないに限る
妻を相手に、とことんやり込めて勝ったところで意味はないのに。一度スイッチが入ると、正論をもねじ曲げてしまうんですよねぇ、男って…。
夫が大声で妻を追い詰めたとき、「ああ言えば、こう言う」状態できりがないときは、不毛な応酬を途中で切るのもひとつの方法です。
夫のほうだって、妻をやりこめたあとは、後味が悪くなるんです。夫がヒートアップしてきたと感じたら、妻は言い返すのをやめて「あ、電話がきたみたい」「そろそろ、○○する時間だわ」などと、その場をさりげなく切り上げ、ほかの部屋に行ってしまいましょう。すると、お互いがクールダウンする時間を持つことができます。
夫の家事力は褒めて伸ばす!
まずは妻側が「夫にやってほしいことを言葉ではっきり伝える」ことがカギ。そして、次回につなげるために「報酬」(褒める・ねぎらう)を与えるのがポイントです。妻からすれば、「手伝ってあげたよ」などと、夫から「やった感」を出されるのが嫌かもしれませんが、これは夫をやる気にさせるワザのひとつ。
家事というのは「慣れ」だと思うんです。しょっちゅうやるとルーティンになり、やらないと気持ち悪くなってくるから不思議です。以前は妻に「○○をやってあげたよ」などと言っていた私も、今では「きれいにすると自分自身が気持ちいい」と感じるようになりました。
ちなみに私は洗面台やお風呂の掃除をしています。歯磨きをしたあとに鏡にポチポチとついた汚れや、お風呂場の排水溝の汚れを落としてピカピカにすると、達成感を感じます。
そもそも家事というのは二人でやるもの。この先も「夫婦2人で仲良く生きていく」ことにつながりますよね。日本の平均寿命の統計によれば、女性のほうが長生きするとされていますが、高齢男性の3分の1は「男やもめの独居住まい」だそうですよ。もしものとき何もできないようでは困りますから、夫の家事力を育てていきましょう。
お互いの考えや、やりたいことを尊重し合う
第6回の「定年夫婦のケーススタディ」で、夫が長野、妻が東京に拠点を持っている夫婦のケース、ひとつ屋根の下で「シェアハウス感覚」で暮らす我が家のケースをお話ししました。
「夫と妻のやりたいことが全然違う」というのは、珍しいことではありません。夫婦そろって、無理やり合わせる必要はないと思うんです。「相手のやりたいこと」をお互いに知ろうとするのは、人生において大切なこと。本来は定年前から理解し合えたらよいですが、定年後でも遅すぎることはありません。「妻(夫)はこんなことがしたい」というのをお互いに知り、実現できそうであれば、背中を押してあげるといいですね。
相手の胸の内を知ろうとするのは、結婚前に相手を知ろうと一生懸命だった時期を思い出しませんか!? 子育ても一段落した定年後は、夫婦関係が次の段階にステップアップするチャンスかもしれません。ベストフレンドのような二人になれたらいいですね。
結局二人で生きていく。終わりよければすべてよし
定年退職後に、この先どうしよう?と考えたとき、「まずは自分にとって居心地のよい居場所を確保して暮らしていきたい」と思いました。この先、私が理想とするのは「終わりよければすべてよし」という仕上げの人生。そう考えたとき、「今の自分にとって、妻との関係がとても大事だ」と気づきました。
定年直後は戸惑いの連続。夫婦の考え方が時間の経過とともに距離感を生み、夫婦がお互いに別の景色を見るようになっていました。当時は夫婦の溝が深まり、離婚寸前の危機にも直面。夫婦関係を再構築しなければ、この先、ずーっとつまらない人生になってしまう。まずは自分が変わらなければ!と、のちに気づいたわけです。
自分を変えるには、相当の覚悟と忍耐が必要でした。私の場合、キャリアコンサルタントの資格取得の勉強をして、ロールプレイを学んだことが大きな転機となったのです。
今では、妻との不毛な争いもなくなりました。妻の機嫌がよければ、こちらも気分がいいし、きっとお互いさまなのでしょうね。「この先もずっと二人で生きていく」と、お互いに覚悟が決まった気がしています。
70代を迎えた今、キャリアコンサルタントとして活動することに生きがいを感じつつ、幸せな人生だと実感しています。あるとき、「いちばん幸せな今、この瞬間に人生を閉じてもかまわない」と妻に話したら、「あなた、『死んでもいい』と言うわりには、高いお金を払って定期健診を受けてるわね」と言われてしまいました(笑)。
あと何年生きられるかわかりませんが、「終わりよければすべてよし」の人生を目指したいと思います。
【お話を伺った方】

大学卒業後、大手エンターテイメント会社に勤務し、58歳で早期退職。定年後、キャリアカウンセラー(現国家資格キャリアコンサルタント)、シニアライフアドバイザーの資格を取得。現在では、定年退職前後のシニアを対象としたカウンセリングやライフプランセミナーなどの講師を多数務めている。 自身の退職後のことを具体的に考えずに会社を辞めたことによる苦悩、定年後の生きがい探しの体験をリアルに綴った著書『男のロマン・女の不満…あゝ定年かぁ・クライシス』(ボイジャー)が好評発売中。
イラスト/カツヤマケイコ 取材・文/大石久恵


