しばらく続いた忙しさがひと段落つき、「どこか旅に行きたいな。10日間くらい海外とか?」とぼんやり考えているうちにまた予定が入り始めて先送りに……というのが私の“あるある”ですが、一度かき立てられた旅ゴコロは簡単には消えないもの。
すると自然に、書店で選ぶ本が旅をテーマにした小説やエッセイになったりします。
『短編伝説 旅路はるか』は、今年最初の旅願望がやっぱり実現に向かわなかったとき、「せめて」と手に取った文庫本。「旅」をキーワードに16人の書き手の作品を1編ずつ集めたアンソロジーですが、読後いろいろな感情がわいてきて、心が耕されたというか豊かになったというか。
「旅には行けなくてもそれはそれでいいことが!」と、ちょっとうれしくなりました。
わいてきた感情のひとつが、なつかしさ。
森瑤子さん、景山民夫さん、星新一さん、西村寿行さん……この4人の小説を読んだのは何年振りだったでしょうか。それぞれの個性を「そうだった!」と思い出しただけでなく、時間を経ていたことでそれらがより鮮やかに見えた印象も。
たとえば、森瑤子さんの「エアポートは、雨」からは、愛し合う男女のどうしようもない溝が。
景山民夫さんの「税関にて」からは、男のやんちゃさやニヒルさが。
星新一さんの「不満」からは、話のオチの唖然とするほどの見事さが。
西村寿行さんの「まぼろしの川」からは、さくさく読める文体の快感が。
手に取りやすい文庫でなければ、そしてアンソロジーでなければ、彼らと再会しにくかったかも!?という気もします。
そしてもうひとつのわいてきた感情が、小説の細部から自分の経験がよみがえってくる面白さ。
唯川恵さんの「夏の少女」は金沢が舞台だけど、住む人がいなくなった九州の親戚宅のたたずまいを思い出した。
山田正紀さんの「ホテルでシャワーを」は東南アジアの話だけど、イースター島の空港ロビーで雨に降りこめられたときの匂いを思い出した。
胡桃沢耕史さんの「父ちゃんバイク」はバイクでアジアハイウェイを走破するロードノベルだけど、ペルーの田舎町で見た赤茶けた崖を思い出した。
とまあこんなふうに記憶が次々によみがえってきて、ページをめくる手を止めてぼんやりする時間が長くなり……。
ふつう「ぼんやりする」という言葉は、活気がないとか間が抜けているという意味で使われますが、今回私がぼんやりしていたあいだは脳内だけは活気づいていたはず。
傍から見たら、ぼーっとしていただけだったと思いますが。
そしてもう1冊、このタイミングで手に取った旅の本が『大人心の、気ままなハワイ』。
編集者でライターの田中真理子さんが、オアフ島ノースショアでの過ごしかたをつづったガイド&エッセイですが(もちろん写真も満載)、驚いたのは彼女の長きにわたるハワイ愛。年に一度、10日間ほどの家族旅行をハワイにしてからなんと35年! 10年ほど前からはバケーション・レンタルを利用して、海辺のアパートで休暇を過ごすようになったのだとか。
私はバケーション・レンタルというものをこの本で初めて知ったのですが、オーナーから直接的にアパートやマンション、戸建を借りるシステムとのこと。
田中さんも最初から今のアパートにたどり着いたわけではなく、だんだん自分が気になるポイントがわかっていったことで、好みの物件と出会えたそうです。たとえば買い物ができる店までの距離とか、海に面しているかとか、バスタブの有無とか。
ハワイは人気の観光地だけに、たくさんのガイド本が出ています。もちろん現地で暮らしている方が書いたものもあるし、何かしらの情報に特化したものも。それらのなかでこの本が魅力的なのは、旅人らしい新鮮な視点でつづられているのに、35年間毎年訪れているだけに知識の蓄積があるということ。
変わらないものの良さも新しいものの良さも観察するように眺め、それらを10日ほどの休暇の間にどう取り入れるか(もしくは今回はパスと考えるか)をマイペースで考えている。だから読むほうもゆったりした気分になり、「ここで過ごすなら夕方ね」「これは絶対コーヒーと一緒に食べなくちゃ」などと、妄想まじりのプランがどんどん膨らんでいき……。
海岸沿いの絶景、アメリカいちの“ちいさい図書館”、個性豊かな植物園、しぶいコーヒーショップ、キュートなお土産品、多種多様なハイビスカスなどなど、紹介されているのはドライブや散歩の途中で田中さんの目に留まった“主張しすぎない”ものばかり。
有名な観光地に行けば、王道コースを巡るのが当然だけど、リピーターとして訪れるならこういうものに気づけるような旅、というか暮らしをしてみたい。そして「かわいい」とつぶやきたくなるものや意外なものを見つけたい……。
「そういえば去年南米・チリにひと月半滞在したときも毎日が発見だった!」と遠い目になりましたが、例えば夏に暮らすような旅を実現させるなら、そろそろ考え始めなくちゃいけないかも!? もしかしたら私に必要なのは、「絶対行く!」という決心なのかもしれません。