スーパーで食材の買い物をしているとき、頭にたびたび顔が浮かぶ男性――その人の名は筧史朗。
イケメン弁護士で、9巻で50歳になった、と書けば、知っている人にはバレバレですが、よしながふみさんの漫画『きのう何食べた?』の主人公です。この漫画は、ここ数年私が最も頼りにしている“料理本”。「史朗さんが作っていたナムルを試してみよう」などと考えて、献立作りがスムーズになることがしょっちゅう!なのです。
よしながさんと言えば、映画化された『大奥』でご存知の方も多いのでは。現在も連載中のこの漫画はストーリー展開が巧みで、込められたメッセージも骨太な、いわば大河小説です。
それに対して『きのう何食べた?』は、身辺&料理エッセイ的な感じ。「わかるわかる!」とうなづいたり、「今、ナスが安いから作ってみよう」とメモしたりしながら読む、楽しくて実用的な漫画です。
ただし、そこにちょっとひねりが入っているのがよしなが流。なぜなら史朗の相方が2歳下の美容師・賢二――つまり、ゲイのカップルだから。
ふたりは対照的な性格で、史朗が理路整然と物事を考えるのに対し、賢二はちょっぴり“オネエ”が入った雰囲気重視タイプ。カップ&ソーサーを見て「わ~カワイイ!」とはしゃいだりするけれど、一本筋が通ったところもあり、史朗はそんな彼をひそかに尊敬しています。もちろん賢二も史朗を尊敬している、というか、はっきり言ってベタボレですね(笑)。
数年前から一緒に暮らしているふたりは、もはや安定した関係。このまま添い遂げるつもりなので、夫婦みたいなものですが、ときどき性的少数派ゆえの問題が起きることも。それがこの漫画にスパイスを加えているというか、単純ではない味わいにしています。
例えば、どの範囲の、どの程度の知り合いにカミングアウトするのか。街をふたりで歩くとき、どんなふうに振舞うのか。息子がゲイであることを認めてはいても、しこりを残す親との付き合い方は。さらにはそんな親の老いをどう受け止め、面倒をみていくのか……。
とはいえ漫画のメインは、主に史朗が担当する料理です。彼は味にこだわるけれど、かなりの節約家(貯金が苦手な賢二とふたり分の老後を考えているから)。いつもスーパーのチラシを熟読し、食品の最安値までアタマに入れています。端正な横顔をゆがませた理由が「お気に入りのお安いスーパーがなくなる」だったりするので、思わずクスクス笑いが。
史朗が得意なのは、冷蔵庫の食材を使い切るメニュー。手の込んだものを作ることもあるけれど、味付けに便利なめんつゆなども駆使します。つまり、私が一番知りたい“おいしくて、難しくなくて、お財布にやさしい料理”を実践してくれている! さらには、洗い物が少なくて合理的な作業手順まで示してくれたりするので、ものすごく有難いのです。
ちなみに、私のお気に入り筆頭は「鮭と卵ときゅうりのおすし」。これは超簡単なのに見栄えがいいのでオススメ。豚のしょうが焼きやラタトゥユなどの定番料理も、当たり前ですが私流より史朗レシピのほうがはるかに美味しかった! ただ惜しむらくは、料理の掲載ページがわかる索引がないこと。もちろん、自分で作ればいいのだけれど……。
また、この漫画を語る上で忘れてならないのが、史朗と賢二を取り巻く愛すべき人々です。例えば、スーパーでスイカを半分コしたことで史朗と知り合った主婦・佳代子さん。サバサバした性格の彼女は、彼がゲイだと知って逆に安心(笑)。おばちゃん同士みたいな付き合いをしている、料理の師匠です。
小日向さんとジルベールは、友人のゲイカップル。腰が低くて“いいひと”の小日向さんは、若い(といっても会社員経験がある青年)ジルベールのワガママに困惑しながらも、内心喜んでいるよう。小日向さんも料理上手ですが、リッチな彼が使う食材に、史朗はたびたび驚かされています。
その他にもユニークな面々がいっぱいですが、あとは読んでのお楽しみ。現在9巻まで出ていますが、1冊読んだら全部揃えたくなること間違いなし! 漫画から遠ざかっている方もぜひ手に取ってみてほしい、役に立って同世代としても共感大!の漫画です。